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野村達矢氏が語る、コロナ禍における音楽業界の現状と取り組み 変化への対応から模索する表現の可能性

音楽

ニュース

リアルサウンド

 コロナ禍における音楽文化の現状、そしてこれからについて考えるリアルサウンドの特集企画『「コロナ以降」のカルチャー 音楽の将来のためにできること』。第1回は野村達矢氏(一般社団法人 日本音楽制作者連盟理事長・株式会社ヒップランドミュージックコーポレーション代表取締役社長)へのインタビューを行った。2月末から現在にかけて音楽業界ではどのような混乱があったのか。また、その中でも表現活動を止めないためにどのような取り組みを行っているのか。野村氏の音楽文化に対する思いや、より状況や環境の変化に合わせた手段が求められていくであろう今後の表現の可能性についても話を聞いた。(5月11日取材/編集部)

(関連:野村達矢氏、コロナ禍の音楽業界の取り組み

「笑ったり喜んだりできなければ人間らしい生活は送れない」

ーーコロナ禍における音楽業界全体の動きを振り返り、今の率直な思いをお聞かせいただけますか。

野村:音楽業界に影響を与えた大きなきっかけは、2月26日のイベント自粛要請でした。はじめは「大規模イベントの自粛」という言い方だったので、どの規模感のイベントやコンサートを自粛したらいいのか全くわからなかったです。ただ、この要請によってエンターテインメント業界全体はライブ、コンサート、イベントをストップすることになっていきます。この時はまだ他の業界は通常どおり営業していましたが、エンターテインメントは先立って自粛する動きをとっていったのです。

 政府の自粛要請が出されてから、イベント開催の有無についてアーティストはかなり敏感になっていました。衛生管理を徹底してライブを強行したとしても批判を浴びる風潮がすでにありましたので。その矛先になるのは主催者ではなくステージに立つアーティストです。健康被害を考えることはもちろんですが、アーティストが批判の対象になり得ることも含めそれぞれが開催について検討し、ステージに立たないという選択をすることが急激に増えていきました。

 自粛要請の当時は「2週間ぐらい様子を見て再開していきましょう」ということだったので、再開プランを毎日のように話し合い、衛生管理やチケットの払い戻しなど独自のガイドラインの作成を進めていました。3月頭には日本音楽制作者連盟(音制連)、日本音楽事業者協会(音事協)、コンサートプロモーターズ協会(ACPC)の三者合同で「#春は必ず来る」という声明を出して感染の拡大防止を訴えかけ、1日も早い収束を願いました。ところが、2週間経っても自粛は解除されない。その後も2週間ごとの経過観察が続いていたこともあり、3月中旬頃までは衛生管理を徹底すればコロナの感染拡大を早い段階で防げるのではないかという望みは持っていました。

ーーしかし、コロナ被害は4月以降も拡大を続けていき、4月7日から5月6日までの「緊急事態宣言」が出されました。

野村:はい。すでにエンターテインメント業界でいうと500億円近い損害が出ています。このまま音楽業界が見捨てられてしまったら文化そのものがなくなってしまうことになる。じつは、3月時点で音制連、音事協、ACPCで中止や延期になった公演に対しての損失補償を政府に訴えていたんです。なかには文化に理解のある人もいましたが、回答は「補償は一切しない」というものでした。日本における文化は、海外に比べて重要度がすごく低いものなのだと切実に感じて、残念で悲しい気持ちになりましたね。現状も特に進展はないので、今、業界内で相互扶助となるような新たなファンドを立ち上げようと動いています。クリアしなければならないハードルはたくさんあるのですが、5月中には声明を出したいと思っています。

ーー早い段階から自粛をして協力的な姿勢をとっていても、業界の外から救いの手は差し伸べられなかった。

野村:そもそもエンターテインメントは不急かもしれないけど不要だとは思わなくて。泣いたり笑ったり喜んだりできなければ人間らしい生活は送れない。エンターテインメントを「不要不急」という言葉で片付けてしまうのは違うと思うんです。今まで言及してこなかったアーティストたちが政治的な発言をしだしているのも、エンターテイメントが軽んじられたことに対する思いの表れだと個人的には感じています。

サカナクション、LITE……アーティスト個々の取り組み

ーーヒップランドの事業にも影響は出ているのでしょうか。

野村:ライブをメインにしているアーティストがほとんどなので大打撃を受けています。社員もリモートワークでコミュニケーションも取りづらくなってるし、正直経営状況も厳しいです。ただ、去年「FRIENDSHIP.」という新事業を始めていたのはよかった。これは様々な音楽を世界に届けようと立ち上げたデジタル配信サービスなのですが、オンラインで音楽を広めることによって、アーティストに少しでも還元できるのではないかと。

 また、サカナクションは「NF NICEACTION」というプロジェクトを始めました。これはライブ配信を見て課金をするというものではなく、アーティストの日々の活動に対してファンが「良い」と思ったら投げ銭で評価をするというものです。ちょうどコロナが流行る前に仕組み作りを始めて、自粛期間から稼働できたのでタイミングもよかったと思います。

ーー「NF NICEACTION」が生まれたきっかけは?

野村:メンバーの山口一郎の発案ですね。アーティストとファンの経済的な繋がりには大きく分けて「楽曲購入」と「ライブにまつわるものの購入」の2つがあります。ただ、もしかしたらファンの中にはアーティストにもっと対価を支払いたいと思っている人もいるのではないかというところから話が始まりました。たしかに対価の窓口が楽曲やライブのみという現状が、場合によってはアーティスト活動の広がりに制限を設けている可能性もあるかもしれない。それ以外の活動でも対価をいただけるのであれば、表現の幅が広がるのではないかと思いました。そこで実験的にファンクラブで取り入れてみたところうまく機能しています。アーティストが責任ある行動をとり、ファンはどう評価するのかという新たな関係性が成立しています。

ーー実際の反響はいかがでしたか。

野村:まだスタートしたばかりなので評価されるまでには及んでいませんが、想像以上に良い感触です。エンターテインメントをマネタイズする方法論として、一つの成功例になりつつあるのではないかと思います。今はファンクラブだけで行っていますが一般に広げていっても成立するのではないでしょうか。

ーーコロナ禍において、所属アーティストたちと意見を交わす機会はありましたか?

野村:各プロジェクトチームのリーダーがいるので直接的にやりとりはしていないですね。ただ、アーティストはそれぞれ面白い動きを見せてくれています。たとえば、LITEはメンバーそれぞれが自宅から演奏してオンライン上でのジャムセッションを行っていました。バンドの演奏は1秒でもズレると違うものになってしまうので時間軸はかなり重要です。なので、オンライン上でのセッションは難しい取り組みだったのですが、最近になってそれがクリアできる技術が出てきていて。外出することすらも厳しい状況下で、彼らが最大限できるパフォーマンスだったと思いますね。

「何をすべきかに対していつでも敏感になっていたい」

ーー音楽業界全体でもオンラインでの表現が活発化していて、過去の映像作品を公開したり生配信ライブを各自が積極的に行っています。なにかビジネスの可能性を見出しているものはありますか?

野村:オンライン上で公開するものについては、お金をもらってはいけないのではないか、という思いがこれまではありました。しかし業界内でも少しずつ課金を取り入れていく風潮が強まっています。現在、課金制コンテンツの配信システムを洗い出していて、各プラットフォームの傾向や金額を比較して検討できるよう情報を集めています。

ーー無料で見ることができるのはありがたい反面、この状況下で恐れ多い気持ちになるような上質なコンテンツもたくさんあるので、対価を支払いたいと感じる人たちの受け皿があるといいのかもしれません。

野村:そうですね。もしお金をいただくのであれば、その分責任ある作品を届けていかなければならないので、仕組みを見直していかなければならないと感じています。

ーーコロナ禍での音楽活動に関して、その他にも今後に活かせるような取り組みはありましたか?

野村:そうですね……一概に何が良いと決めることは難しいです。たとえば、自粛規制が緩やかになれば異なる手段で表現することができますし。日々状況が変わるなかで表現手段の価値は変わってくるんです。行政からの要請を受けてどれぐらいスピーディにその時々にあった手段を使って表現をするのかが重要なのではないでしょうか。当初盛んに行われていた無観客ライブも今となっては難しいものとなってしまっていますから。

ーー表現を行うための手段も世論に委ねられているのが現状ということですね。

野村:はい。ただ、状況や環境の変化に合わせて臨機応変に対応するという意味では、プラットフォームの情報をどれだけたくさん持っているかが鍵を握るかもしれません。

ーーこれまでのようにライブを行うことは非常に難しい状態にあるかと思います。ライブを主軸に置いているヒップランドとして今考えていることはありますか?

野村:本当に答えがないですよね。ホールの換気基準は厳しくされているので、実際は密閉空間ではないと言い切れるんです。少し前まではライブを行うにあたって、観客は声を出さない、マスク着用、入場前に体温を測る、そのような管理体制をしっかり整えれば再開することができるのではと望みをつないでいたのですが、自粛解禁になった韓国のクラブで感染者が出てしまったニュースを見て、とてもショックを受けました。現時点でライブの再開に向けた対処法は暗礁に乗り上げていますが、また状況が変わったら別のアイデアでチャンスを見つけていきたいです。

ーー映画館では座席数を少なくして再開するアイデアも出ていますが、ライブ会場で考えるとやはり難しいのでしょうか。

野村:音楽の場合は1公演にかかるコストが高いので厳しいと思います。損失を広げていくことになりかねない。席を少なくするのであれば、その分チケット代を上げなければならないですよね。

ーーたとえば、ダイナミックプライシング(価格を需要と供給の状況に合わせて変動させる価格戦略)などを導入しても?

野村:これはコロナとは別の問題になってくるのですが、業界全体でチケットの転売問題に声をあげ続け「定価売買」という前提を設けることで、ようやく「チケット転売禁止法」ができたという経緯があります。なので、単価が一律でなくなることに対しては、現状ではやや懸念があるのが正直なところです。とはいえ、いずれは導入せざるをえない時期がくるとも感じているので、「チケットの定価売買」という前提の仕組みがしっかり根付いた上で取り入れるのであれば可能性はなくはないと思います。

ーー野村さんは音楽シーンがデジタル時代に突入する上でも、いち早く未来に向けた仕組みづくりに邁進されてきたお一人かと思います。新たな仕組みを考えている上で心がけていることはありますか?

野村:心がけているというよりは、何をすべきかに対していつでも敏感になっていたいですね。そのためには反射神経が必要だと思うので、会話やメディアを通じて入ってくるヒントを見逃さないようにするというか。そのトレンドをもとに仮説を立て、流行りそうなものを考え、実行に移していく。そういうことは常に行っています。

ーーコロナ禍を経て、表現者が生み出す創作物自体にも変化は起こると思いますか。

野村:先ほども少しお話したように、表現の手段は変わっていくでしょう。外出自粛によってオンラインで何ができるのかが追求され始めている。それによってプラットフォームがさらに進化していくと思うんです。エンターテインメント業界に携わる人間は、その進化に対してどの表現が適切なのか、手段に合った表現ができるのかが問われてくるのだと思います。今後は5Gの実力も発揮されていくだろうし、5Gで何ができるか全貌が見え始めてきたら、さらに表現が変わっていく可能性もあるかもしれませんね。

ーー今後も音楽文化を発展させていくために大切になるのは、どのようなことだとお考えでしょうか。

野村:「文化は大切なもの」だということを社会全体に向けてアピールしなければならないと感じています。人間が人間らしくあるのは、“喜怒哀楽”という感情があるから。生きていくためにそういうものが大事であるということを今後はもっと積極的に発信していきたいと思っています。
(久蔵千恵)