フジファブリック、tofubeats、Czecho No Republic…ハーモニーをポイントに選んだ新譜7選
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今回のキュレーションは、日本のアーティストが夏から秋にかけて発表した楽曲から選んだ。ポイントはハーモニー。和声の美しさを持った曲たちだ。単なるハモリではなく、そのアーティストならではの美意識が、声を重ねた響きにあらわれている。そういう曲に宿る、独特のエモーションが、個人的にもとても好き。
フジファブリック「Water Lily Flower」
ここ数年のフジファブリックの中でも、飛び抜けて素晴らしい一曲だと思う。「若者のすべて」や「茜色の夕日」など歌い継がれる代表曲を持つバンドだけれど、それに匹敵する浸透力を持って残っていきそうな予感がしている。
山内マリコの傑作小説を原作にした映画『ここは退屈迎えに来て』の主題歌として書き下ろされた一曲。印象的なギターアルペジオのイントロから、クワイアのようなコーラスが楽曲を導いていく。ピアノやギターも、歌声も、全体にリバーブが多めにかかっていて、その音響もとても効果的だ。
地方都市を舞台にした『ここは退屈迎えに来て』が描く「何かに取り残された人生」と呼応しあうような、諦念とセンチメンタルが絶妙に混じり合った感情を、丁寧に描いていく。
ヘッドホンで何の気なしにこの曲を聴きながら、電車やバスに揺られて車窓を見ていると、何の変哲もない風景がまるで映画の一場面のように錯覚してしまう。そういうタイプの曲だと思う。
tofubeats「RIVER」
映画『寝ても覚めても』主題歌として書き下ろされた一曲。tofubeatsは映画の劇伴も手掛けていて、そういう点からもストーリーの核心に寄り添った楽曲制作がなされている。川の成り立ちや自然界の循環を愛に喩えた歌詞には、リリシストとしてのtofubeatsの冴えっぷりを感じる。
驚くのはtofubeatsのボーカリストとしての覚醒だ。もともとトラックメイカーとして世に現れたタイプの人だし、歌い手としての自意識やアイデンティティは比較的大きなものではなかったはず。しかし声に宿る情感や、息吹のようなものの表現力がどんどん増しているのを感じる。オートチューンありきのボーカリゼ―ションなのだが、それを踏まえてボイスシンセ風にコーラスが組み立てられたサビのところが、とてもいい。
Czecho No Republic「Baby Baby Baby Baby」
今年4月にメンバーの八木類が脱退、4人編成になったCzecho No Republicの新曲。もともと彼らの魅力はインディポップをルーツに持つ多幸感あふれるメロディセンスなんだけれど、この曲は、いろんなことを経て仕切り直しになったタイミングのせいか、それともただ単にソングライティングが充実しているのか、それがすごくストレートに出てきている。リバーブ感の強いドリームポップな音作りもいい。
武井優心とタカハシマイの男女ボーカルのあり方も、とてもおもしろい。基本的にはずっと二人が歌っているのだけれど、Aメロではオクターブのユニゾン、Bメロでは武井優心の歌うカウンターラインがフックを作り、サビではタカハシマイがメインで再びオクターブのユニゾンへ。中間部で掛け合いとハーモニーを経て、最後は分厚いコーラスが重なる2サビへ。それぞれの声の持つ透明感が活きている。
King Gnu「Prayer X」
この曲の持つドラマティックな苦悩と祈りも、すごく胸に迫る。
TVアニメ『BANANA FISH』エンディングテーマとして書き下ろされた一曲。7月に配信リリースされた「Flash!!!」はKing Gnuというバンドのスタンスや勢いを示す名刺代わりの一曲になったと思うのだが、この「Prayer X」で彼らを知った人も多いと思う。才気走る感じが、開始30秒で伝わってくる。
Aメロ、サビと主旋律とコーラスが絡み合うようなハモリかたを響かせるメロディラインに耳が惹きつけられる。
いろんなアウトプットをできるタイプのバンドだからこそ、このタイアップはとてもいい機会になったと思う。
Sweet Williamと青葉市子「からかひ」
ビートメイカーSweet Williamとシンガーソングライター青葉市子によるコラボレーションソング。作詞を青葉市子が、作曲を青葉市子とSweet Williamが手掛けている。
青葉市子の魅力は独特の息遣いにある。その曲には、静謐で研ぎ澄まされた響きがある。とてもたおやかな声と、一音一音がピンと張り詰めたクラシックギターの音色がそれを作り上げている。そして、Sweet Williamは唾奇とのアルバム『Jasmine』や、Jinmenusagiのトラックメイキングで名を上げてきたビートメイカー。二人の出自はかなり違うけれど、絶妙にマッチしている。硬質なビート、切り刻まれたギターの音色、虫の音などの自然音が、どこかノスタルジックな雰囲気を醸し出す。
特に曲後半、青葉市子の声が重なっていくところの展開がとても好き。
ROTH BART BARON『HOMECOMING』
3年ぶりのフルアルバムのリリースをこの秋にひかえている2人組、ROTH BART BARONの新曲。2014年、最初のアルバム『ロットバルトバロンの氷河期』で彼らのことを知ってから、その美意識と想像力の翼に対しての信頼は僕の中で揺らいだことはない。
そもそも当初からインディペンデントな活動形態をとっていたが、2015年に2ndアルバム『ATOM』をリリースした後は、UKへ活動拠点を広げるプロジェクトを展開したり、より独立独歩な存在になっていた。その間には100を超える曲を書きためていたという。「HEX」、そして「HOMECOMING」と、どこか躁的、魔法的な幻想を感じさせる曲が届きつつある。特にこの「HOMECOMING」の〈君の誕生日をめちゃくちゃにして 裸のまま飛び出して〉という歌詞、そして曲の中盤、ホーンセクションと「♪ラララ」で壮大な世界を描いていくところがすごく好き。
mabanua「Night Fog feat. Achico」
ドラマー、プロデューサーとして七面六臂の活躍を見せるmabanuaのソロ名義での3枚目のアルバム『Blurred』収録の一曲。
アルバムとしては6年ぶり。しかし特にここ数年、プロデューサーとしての彼の名前を見ることはとても多くなった。ジャズ、ヒップホップ、ネオソウルと、ブラックミュージックのテイストをソフトに洗練させた手さばきでJ-POPに接続する彼の手腕ゆえだと思う。
アルバムも基本的にはそういった音楽性に連なる横ノリのグルーヴを持った一枚。ただ、特筆すべきは、こういったテイストの楽曲によくある「リラクシン」で「心地よい」だけのものに仕上がってないところだと思う。曖昧さや、暗さや、少しの居心地の悪さがある。そういうところが、いい。
個人的な好みとしては、「ただ洗練されているだけ」「ただトレンドに乗っているだけ」の音楽が、めっきり心に響かなくなってきた。
そういう意味でもこのアルバムは引っかかりが多くて、彼のアティテュードを感じる。特にAchicoと歌った「Night Fog」、その声の重なり方とローズピアノの醸し出すムードがいい。
■柴 那典
1976年神奈川県生まれ。ライター、編集者。音楽ジャーナリスト。出版社ロッキング・オンを経て独立。ブログ「日々の音色とことば」/Twitter