令和のアーティストとSNS 第5回 嵐のSNS投稿に見る、ファンとのつながり
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アーティストとファンのコミュニケーションの形を、SNSの観点から探るこの連載。第5回では国民的アイドルグループ・嵐を取り上げる。嵐のSNSアカウントが一気に開設されたのは2019年11月。その衝撃からはや11カ月、まもなく1年が経とうとしている。2020年10月現在、Twitterフォロワーは241.2万人、Instagramフォロワーは425.9万人、Facebookのフォロワーは38.9万人、TikTokフォロワーは220万、YouTubeチャンネル登録者数は303万人、Weiboフォロワーは31.5万人。どれも驚異的な数字である。
「嵐」という存在自体が最強のコンテンツであるため、この数字は一見、当然のものと思われる。一方で、この1年間、彼らがSNS上で発信してきたコンテンツは、彼ら自身の存在感に甘えることなく、目的意識をもって綿密に企画され、的確にトレンドをキャッチしながら作成されたことが明らかにわかる内容だった。その結果、既存のファン、これまで存在は知っていたがファンではなかった人々、そして海外のファンにいたるまで実に多くの人々が、彼らのことを身近に感じられるようになった。
本稿では、数ある投稿の具体的事例から嵐のSNS戦略を考察することで、その成果を改めて理解したい。
文・構成 / 桂木きえ イラスト / フロマージュ
SNS一斉解禁の理由
そもそも、嵐が各SNS、および音楽のストリーミング配信を一斉に解禁した理由はなんだったのか。Netflixのドキュメンタリー番組「ARASHI’s Diary -Voyage-」第12話「デジタルの世界へ」で、松本潤は時代の変化に対する危惧をこのように語った。
ここから10年、20年……今のスピード感で言ったら10年かからないかもしれないけど、あらゆるところでCDを聴かない可能性すら、俺はあると思うんです。(その中で)自分たちの音楽がなかったことにされるのは、俺は悔しい。
二宮和也も自身たちの活動について、「時代がそこまで来ていたっていうことを、見ながらにして無視していた」とコメントしている。
ジャニーズ事務所が肖像権・著作権の保護の観点から一切の写真や映像をインターネットに公開していなかったのは周知の事実だ。所属タレントのプロフィール写真すらも公開されない徹底ぶりだった。そうした状況の中で嵐は、メンバー自身が危機感を抱き、大野智曰く「どこまでいけるかは知らないけど、それを面白がろう」と思って、変化することを望んだのだ。
時代の変化に対応してSNSで活動することの目的を、櫻井翔は「海外のファンの人たちが気軽に手軽に僕らのことを感じられるようにしたい」と話している。一方で、嵐のことをバラエティ番組などで知ってはいるが、コンサートや楽曲には触れたことがないという人々に「嵐、こんなコンサートやってたんだ、すげえ」と思ってもらいたい、という趣旨もあるという。相葉雅紀は「今まで応援してくれてきた人たちにも、やっぱりいろんなことを伝えたい」と話す。
彼らの言葉から考えられる、SNSコンテンツでリーチしたい対象は、日本国外の人、国内外問わず自分たちのことをよく知らない人、既存のファン。つまり、ほぼ「全員」だ。そうした大規模な挑戦を決めた彼らのSNS投稿を、「グローバル戦略」「既存ファンサービス」「新規開拓」という3つの観点から見てみたい。
世界のファンを喜ばせるグローバル対応
ドキュメンタリー内で松本や櫻井の口から最初に飛び出してきたのが「海外のファン」という言葉だったことからも、“海外進出”が彼らにとって一番の狙いだったことが窺える。それを裏付けるのは当然、英語でのSNS投稿だ。現在、すべてのSNSで日本語 / 英語双方で同じ内容を投稿することが徹底されている。Twitterではメンバーの何気ないつぶやきにもリプライで英訳がつくし、Instagramのストーリーでも、1枚のストーリー中に必ず英訳を載せている(相葉雅紀ストーリーハイライト)。
9月18日リリースの新曲「Whenever you call」の告知動画も、日本語バージョン / 英語バージョンが作成された。これまでの動画はおおよそ、メンバーが日本語で話しているところに英語テロップが入っているつくりだったが、ここ最近はメンバー自身が英語を話す動画での告知が見られる。さらにグローバル対応を進める意思が感じられる。
中国ではYouTube、Instagram、Twitter、Facebookのいずれも使用できないが、世界でもっとも人口が多い中国のファンにしっかりとアプローチするため、Weiboでの発信も怠らない。メンバーが中国語で挨拶し、中国の七夕を祝う動画の投稿は26,000likeを獲得している。
こうした徹底した英語 / 中国語対応が、世界中にいる嵐ファンを喜ばせていることは間違いない。YouTube上で動画を投稿すれば、必ず海外からとみられる英語のコメントが多数ついていることからも明らかだ。
既存ファンと、これまでにない距離の近さでコミュニケーション
海外展開を拡大する一方で、これまで応援してきた国内の元来のファンにも、大量のファンサービスを欠かさないのが嵐だ。とにかく距離感が近い。これまでのジャニーズタレントの活動からは考えられないほどの距離感の近さが、SNS上での活動の醍醐味である。そうした点では、Instagramのストーリーやライブ配信、Twitterの使い方が巧妙だといえる。
Instagramのストーリーでは、先に挙げた相葉のストーリーのように、個々のメンバーが日々近況報告を投稿している。相葉は緑、松本は紫、二宮は黄、大野は青、櫻井は赤、とそれぞれメンバーカラーの文字で投稿することで、「事務局」ではなく、メンバー1人ひとりが自分で投稿していることがわかる。テーマは日々の筋トレの様子(
櫻井翔ストーリーハイライト)や、料理をしたこと(大野智ストーリーハイライト)、その日測った体重(二宮和也ストーリーハイライト)まで個性豊か。フォロワーは、まるで彼らの普段の生活を垣間見ているような気になれる。松本のストーリー上では、Instagramのお決まりの機能「質問返し」もよく使われる。こちらも、これまでのジャニーズになかったリアルタイムでの相互なコミュニケーションであり、応援し続けてきたファンにとっては喜ばしい機会ではないだろうか。
また同じくストーリーで、テレビ番組の収録やロケ現場での様子がアップされていることも印象深い。8月の松本の誕生日には「VS嵐」(フジテレビ系)の収録現場でサプライズでお祝いをしている様子が投稿されていた。ファンにとっては、テレビ番組の裏側での嵐を観られることは、より彼らを身近に感じられる特別な機会だ。
Instagramでは、ファンとのコミュニケーションを活性化するためにインスタライブも行われる。5人全員集まって行うものもあれば、1人のメンバーがホストとして開催し、残りの4人に代わる代わる出演してもらうという1対1形式のものもある。その中で、まるで彼らはインスタグラマーか生配信者であるかのように、流れていくコメントを律儀に読み、丁寧にコメント返しをし、おしまいには「スクショタイム」まで設けるのだ。人気アーティストや芸能人がInstagramやYouTubeで生配信を行うことはここ最近多くなってきたが、このようなコメント返しやファンサービスを行うことは多くはない。こうした行動をしてファンを喜ばせなくても、すでにファンは十分に彼ら彼女らを愛しているからだ。そんな中で、トップアイドルの嵐がこのような律儀なファンサービスを行っていることは驚きに値する。
さらに、ファンにとっての深いコミュニケーションの場となったのがTwitterだ。2020年の5、6月にかけて期間限定配信された「嵐のワクワク学校オンライン」では、公式Twitterアカウントを開設した。「楽しく待つ過ごし方」「嵐のメンバーの肖像画」など、配信内で視聴者に「宿題」を課し、ハッシュタグを付けて投稿してもらう。アカウントではその投稿を、メンバー本人たちが自分の名前で引用RTし、感想をツイートしていた。
こうした活動により、リアルタイムに、直接コミュニケーションしている感覚をファンに与えることができる。彼らにとっては今までにしてこなかった、そしてこれ以上にないファンサービスだろう。
過去のファンを呼び戻す仕掛けも
嵐のSNSに影響を受けている“既存のファン”は、“ずっとファンだった人”だけではない。“過去にファンだった人”も、再びその嵐に巻き込まれている。コロナ禍が深刻化し、外出自粛要請の影響で自宅で過ごす人が多くなった4月。彼らはYouTubeチャンネルで、2012年のコンサート「アラフェス NATIONAL STADIUM」の映像をフルサイズで配信した。5月に予定されていたコンサート「アラフェス2020」が延期になったこともあり、また自粛期間中を少しでも楽しんでほしいという目的から配信が決定されたという。
またInstagramアカウントでは同時期の4月後半から6月にかけて「スローバックサーズデー」と称し、毎週木曜日に過去のコンサートや記者会見の写真や動画を投稿していた。
こうした過去の彼らの写真や映像を改めてSNS上に公開するという試みによって、かつて嵐のファンだったが、今はそうではない人々も、心を揺り動かされたのではないだろうか(実際、筆者は2003~2010年頃にもっとも彼らを応援していたファンだが、2007年の映画「黄色い涙」の舞台挨拶を取り上げたスローバックサーズデーに胸を打たれてしまった)。活動休止を前に、これまで時間をともにしてきたファンたちを1人残らず、精一杯喜ばせようとする意気込みが、こうした試みからも感じられる。
新しいファン層開拓
先ほど紹介した「スローバックサーズデー」は、SNSで活躍する海外のインフルエンサーの間でかねてよりトレンドとなっていた企画だ。この企画のように、嵐のSNSでは国内外問わず、直近の流行を的確につかんだ投稿が行われている。嵐の存在は知っていても興味のなかった人たち、もしくは存在自体を知らなかった海外の人たちに情報を広くリーチすることにつなげる動きと考えられる。
そもそも、他SNSと同時にTikTokアカウントを開設したこと自体が、嵐のコアファン層から外れた10代を中心とした若年層にリーチする目的を示唆している。TikTokでは2019年11月3日リリースの「Turning Up」以降、「IN THE SUMMER」「Whenever You Call」と自らの新曲をBGMにし、「ダンスチャレンジ」と題してコピーしてもらいやすいダンス動画や、カジュアルな雰囲気のワークアウト(筋トレ)動画の投稿がメインとなっている。若者にダンスをコピーしてもらい、これらの動画をバズらせることで、自らの音楽とユーザーとの接触回数を増やすことができる。
TikTokでさらに興味深いのは、嵐自身の音楽やダンスを投稿するだけでなく、しっかりと海外の若者の間で流行している楽曲 / ダンスを使用したり、流行しているドッキリ / いたずらをメンバー同士で仕掛けている点だ。
上記に挙げた例では、すべてトレンド入りしていた楽曲でTikTokerにはおなじみのダンスを踊っている。「紙皿から友達の顔に粉をかける」いたずらも、一時期大流行していたものだ。実は、こうした“流行をつかむ”動きはYouTubeでも見られる。主に相葉と二宮が出演していたYouTubeチャンネル上の企画「スイーツ部」。もともとコンサートなどで普段から大野、相葉、二宮が甘いもの好きなスイーツ部だと自称していたため、古くからのファンに向けたサービスにも見える。だが実際のコンテンツからは、それだけでなく、YouTubeで動画を観るのが好きな海外ユーザーに向けた企画でもあることが垣間見えるのだ。
「スイーツ部」の動画の中で、相葉と二宮はセルビア、イタリア、メキシコなど普段あまり食べない各国のお菓子を試食してコメントし合う。こうしたコンテンツは、ここ数年、VOGUEやBuzzFeedといった海外の人気メディアのチャンネルや、韓国の人気俳優が出演するThe Swoonというチャンネルで定番として扱われているものだ。「世界各国の○○をキッズが試食」「△△のお菓子を韓国アイドルが食べてみる」といった動画をたまたま見たことがある人もいるかもしれない。
Instagram、TikTok、YouTubeとそれぞれにグローバルな流行コンテンツの潮流をとらえながら企画を実施し投稿している。その姿勢からは、やはり日本国内・海外を問わず、これまであまり嵐を知らなかった、あるいは熱心に応援していなかった新しい層にアプローチしようという意思が感じられる。嵐は活動休止を目前に、SNSを使った新しいファンの開拓すらも怠らないのだ。
「全員」に届ける嵐のSNS戦略
- 多言語対応、多チャネル対応でグローバルに活動し、世界のファンを喜ばせる。
- リアルタイムの双方向コミュニケーションや、マスメディアの裏側・普段の生活の一片を見せることで、これまでのファンとより距離感を近付ける。
- 国内外問わず若者の流行を敏感にキャッチし、積極的にそのトレンドを活用することで、新しいファン層を開拓する。
嵐のSNSでの活動を具体的に見ていくと、それはただの「公式アカウントの開設」ではなく、ターゲットを広く設定し、綿密な計画とトレンドウオッチのもとに行われた大規模なブランディング戦略だったことがわかる。そして、その戦略は今のところ、(各SNSの数字やコメントを見る限りは)成功していると言える。もちろん、嵐とその周囲のスタッフの「より多くの人を笑顔にしたい」という強い気持ちがあってのことだろう。日本のトップアーティスト・嵐がこの1年で行ってきたさまざまな投稿には、SNSを運用するうえでのヒントがたくさん詰まっている。
嵐
1999年に結成されたジャニーズ事務所の男性アイドルグループ。メンバーは大野智、櫻井翔、相葉雅紀、二宮和也、松本潤の5人。同年11月にシングル「A・RA・SHI」でメジャーデビューを果たす。以降、現在までにさまざまなヒット曲を連発。メンバーはそれぞれ、音楽活動以外にもドラマや映画、舞台、バラエティ番組などでも活躍を続けている。日本以外のアジア諸国でのライブ活動も行っているほか、2007年には初の東京ドーム公演、翌2008年には5大ドームツアーも実現。さらに同年9月にはSMAP、DREAMS COME TRUEに続いて国立競技場で単独ライブを行った。2009年末には「NHK紅白歌合戦」に初出場。デビュー20周年イヤーとなる2019年6月にベストアルバム「5×20 All the BEST!! 1999-2019」、10月にミュージックビデオ集「5×20 All the BEST!! CLIPS 1999-2019」をリリースし、同年12月までアニバーサリーツアー「ARASHI Anniversary Tour 5×20」を実施した。2020年9月にブルーノ・マーズが楽曲制作とプロデュースを手がけた全編英語詞の「Whenever You Call」を発表。同年12月31日をもって、グループとしての活動を休止することを発表している。
桂木きえ
1992年東京生まれのライター・コラムニスト。 東京大学文学部卒。会社員として働くかたわら、各種メディアにてコラムを執筆。YouTube、TikTok、Instagramなどネットメディアと若者文化についての考察を中心に活動する。
桂木きえ / ライター (@kiekatsuragi) | Twitter