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『SLAM DUNK』山王工業はなぜ湘北高校に負けた? 桜木花道という「異分子」への誤算

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リアルサウンド

   おかげさまで、以前、本サイトで書いた『SLAM DUNK』(井上雄彦)の主人公・桜木花道が最後に放ったシュートの考察記事(『SLAM DUNK』はなぜ“ダンク”で終わらなかったのか? 『DRAGON BALL』との共通点から探る、ヒーローの条件)がかなりの数、読まれたようなので、今回は、そのとき桜木たち(湘北高校バスケット部)が戦った相手、山王工業について書いてみたいと思う。

「強豪中の強豪」山王工業

 というのは、昔からちょっと疑問に思っていたことがあって、それは、アスリートに密着したテレビのドキュメンタリー番組などを観ていて、「主人公」として取材されている選手やチーム側に「共感」してしまうあまり、そのライバルや対戦相手に対し、つい、「負けてしまえ」と思ってしまうことだった。そもそも番組がそういう偏った「演出」をしている以上、それは仕方のないことなのかもしれないが、冷静に考えてみれば、相手側の選手だって、日々血の滲むような努力をしている立派なアスリートなのだ。リスペクトされこそすれ、憎い存在だと思われる筋合いはないだろう。

 これはもちろん、漫画や映画など、フィクションとして描かれているスポーツの世界でもいえることであり、(意図的に「ヒール」の役割を与えられているキャラクターやチームを除いて)主人公と戦う選手たちというものは、基本的に「好敵手」ではあっても、決して「悪役」ではないのである。何を当たり前のことを、という方も少なくないだろうが、そのことを頭に入れたうえで、以下の文章をお読みいただけたら幸いである。

 さて、前置きが少々長くなってしまったが、山王工業とは、『SLAM DUNK』に登場する高校バスケの強豪チームの中でも、「最強」の名をほしいままにしている「強豪中の強豪」だ。モデルになった学校は秋田の名門・能代工業だといわれているが、先ごろ(7月)、同校の校名が来春から変更されるというニュースが報じられたこともあり、久しぶりに『SLAM DUNK』のことを思い出した連載当時のファンも少なからずいたかもしれない。

 ちなみに、先ほど書いた「スポーツ漫画における主人公のライバルたちは別に悪役というわけではない」という問題(?)とからめていえば、井上雄彦はさすがというか、“粋”な演出を施してうまくバランスをとっている。というのは、物語の最終章を飾るこの山王工業と湘北高校との激戦において、試合当初は主人公サイドのほうが観客からは「悪役」に見えている、というふうに井上は描いているのだ。実際、髪を赤く染めた元不良少年の桜木や、一時的にグレていた三井、そして耳にピアスをつけた宮城のような選手が所属している湘北のほうが、もともと「ワル」っぽい雰囲気を醸し出してはいる。また、「常勝チーム」である山王工業が負けることなど、客席にいるバスケファンのほとんどが最初から望んでいないということもある。

   その「先入観」が、試合を通じて徐々に変わっていくところに、『SLAM DUNK』の最終章の醍醐味(カタルシス)はあるといっても過言ではないのだ。だが、それでも対する山王工業は最後まで「最強チーム」としての誇りを失うことはなかったし、圧倒的な「強さ」が衰えることもなかった。

なぜ山王工業は湘北高校に負けたのか?

※以下、ネタバレ注意

 では、そんな彼らがなぜ、全国的にはまったくの無名だった湘北高校に負けてしまったのか(注1 )。
(注1)後述するが、山王工業はわずか1点差で湘北高校に敗北することになる。

    それは、ひと言でいえば、「いままで出会ったことのなかった異分子に隙を突かれた」からである。ここでいう「異分子」とはもちろん桜木花道のことであり、「隙を突かれた」というのは、試合の残り約1秒の段階で、流川にパスを出させただけでなく、それを受けた桜木にシュートを打たせてしまったことである。

 実は、単行本の第25巻(ジャンプコミックス版)を見れば、試合の前に湘北チームのビデオを観た山王工業の選手たちが、「なぜこんなヤツがスタメンで使われてるんだ」と首をかしげながらも、桜木のことを「一応、油断は禁物」だといって気にしている場面が描かれている。また、実際の試合を通じて、この赤い髪の少年が、「素人」ながらとてつもない運動能力を秘めた、何をしでかすかわからない「要注意人物」だということにも気づいていたことだろう。それでもなぜか、試合の最後の最後で、山王工業の選手たちはこの異分子のシュートを許してしまったのだ。

 ご存じの方も多いとは思うが、念のため、湘北と山王の試合の最後の展開について簡単に説明すると、後半の残り約2秒の段階で、点差は1点(湘北が77点、山王が78点)。ボールは流川が相手ゴール前で持っており、シュートを打つために大きく飛んでいる。だが、山王工業の沢北と河田も同時に飛んでおり、手を高く伸ばして彼のシュートを阻止しようとしている。と、その時、流川の目の隅に、彼からのパスを受けるために手を広げて立っている赤い髪の少年の姿が映る。残り1秒。パス。それを受けた桜木は、美しいフォームでジャンプシュートを決める。そして、審判のホイッスルが会場に鳴り響き、湘北高校はわずか1点差で強豪・山王工業に勝ったのだった……。

 この一連の流れを見て不思議に思うのは、山王工業の選手たちはどうして桜木をフリーにしていたのか、ということだ。なぜならば、桜木は(たとえば予想外の位置から走り込んでくるなどして)急にその場に現れて流川からのパスを受けたわけではないのだ。当然、沢北か河田、あるいは他の選手の目にも桜木の姿は映っていたはずであり、普通なら誰かひとりくらいは彼のディフェンスにつくことだろう(注2)。
(注2)残り約8秒の段階では、桜木のダッシュを3人の山王の選手が追いかけていったりもしているのだが、残り約2秒の段階では、ゴールからそれほど離れていない位置に立つ桜木は、ほぼフリーの状態で手を広げてパスを待っている。

 では、なぜその「普通」ができなかったのか。それは、繰り返しになるが、桜木花道が「異分子」――すなわち、バスケットボールの「素人」であり、そのことを試合を通じて見抜いていた山王工業の猛者たちは、「ここでそんなやつにエースの流川が大事なパスを出すはずはない」とコンマ何秒かのあいだに判断したからではないだろうか。仮に、同じ場所に立っていたのが三井か赤木だったとしたら、沢北か河田のいずれかはそちらをガードするために動いていたかもしれない。また、そこにいたるまでに、「天上天下唯我独尊男」である流川がなかなか他の選手にパスを出さないという、ある種のミスリードを誘う「伏線」も張られていた(注3)。
(注3)ただし、その裏をかいて、流川が味方にパスを出す場面もある。

 古今東西の物語において、法や既成概念にとらわれず、どこからともなくやってきて、世界の秩序を破壊したのちに再生させる存在を「トリックスター」と呼ぶ。『SLAM DUNK』の世界では、もちろんそれは桜木花道のことであり、子供の頃からずっとバスケをやり続けてきたような「玄人」には思いもつかない、「素人」ならではの破天荒さが、これまでも何度も湘北高校のピンチを救ってきた。

 要は、そのことをチームメイトの流川は知っていて、山王工業の選手たちは知らなかったというだけの話なのだ。いや、頭では後者の選手たちも、「未知数の選手の恐ろしさ」というものをわかっていたはずだ。だからこそ、試合前にビデオで桜木のプレイを観た時にも、「油断は禁物」だといっているのだ。

 だが、頭ではわかっていても、体では理解できないものもある。ましてや、わずか1〜2秒のあいだに正しい判断をするのは難しい。

 逆にいえば、これで、この先、山王工業にはつけいる隙も弱点もなくなったということになる。桜木花道のような神出鬼没のトリックスターをも「体験」してしまった彼らは(つまり、頭ではなく体でその脅威を理解した彼らは)、次の試合からは、あらゆる可能性を考えた完璧なディフェンスを敷いてくることだろう。そこには、破天荒な「素人」がつけいる隙間など1ミリもないだろう。

 「はいあがろう。『負けたことがある』というのが、いつか大きな財産になる」。試合終了後、山王工業の監督・堂本は、肩を落とした選手たちに優しくこう声をかけてやる。そう――このかけがえのない「負け」を味わった瞬間、山王工業は本当の意味での「最強」になったといっても過言ではないのである。

■島田一志
1969年生まれ。ライター、編集者。『九龍』元編集長。近年では小学館の『漫画家本』シリーズを企画。著書・共著に『ワルの漫画術』『漫画家、映画を語る。』『マンガの現在地!』などがある。Twitter

■書籍情報
『SLAM DUNK 完全版(23)』
井上雄彦 著
価格:本体933円+税
出版社:集英社
公式サイト