動画配信サービスQuibi失敗のワケ スマホ動画に必要なのは品質ではなく“良さげな雰囲気”?
映画
ニュース
今年春、アメリカで登場した新しい動画配信サービスQuibiが早々に市場から退場することになった。そもそもQuibiに注目している日本語のメディアも少ないので、Quibiの存在を知らない方も多いだろう。以前もリアルサウンドで取り上げた通り(参照:酷評相次ぐQuibi、動画配信サービス業界のゲームチェンジャーとなるか? 実際に作品を観てみた)、錚々たるハリウッドスターを起用し、これまでにないスマートフォンベースの全く新しいサービスとして生まれたが、ローンチ直後は酷評に次ぐ酷評。新しいブロックバスターになるのか注目を集めたにも関わらず、想像以上早い段階でのサービス打ち切りとなった。パンデミックが続く中、日本では『鬼滅の刃』が過去にない興行収入を叩き出し、シネコン中心に映画館復活をアピールできているが、アメリカはまだまだ劇場再開のめどが立たないことも多い。そうなるとやはりNetflixやAmazon Prime Videoといった動画配信サービスに注目が集まるが、今回は動画配信サービス=成功するとは言えない事例が生まれた結果となった。
創業者が述べたQuibiの2つの大きな敗因の真偽
Quibiがサービスを停止する一報が流れた時、悲しむよりも当然とする見方が多かったくらいQuibiは浸透しないまま終えた。利用者は一定数いたが、無料期間で利用を終えるユーザーが続出したのが原因だ。動画配信サービスにネガティブだった、スティーヴン・スピルバーグがようやく参画した動画サービスが早々にサービス終了になることも何とも皮肉。サービス停止発表の約1カ月前、今年のエミー賞の司会ジミー・キンメルも、エミー賞のオープニングスピーチでQuibiが10部門でノミネートをしたことを称えつつも、何十億もかけて作ったひどいサービスと言ってのけたこともあった。
エミー賞にもノミネートはされたが、Quibiはサービスとして何がダメだったのか。創業者はサービス停止にあたっての書簡で「単独の動画ストリーミングサービスのアイデアとして充分でなかったこと、そしてローンチのタイミングの問題であった2点が要因である。結局、明確な答えは出せないが、この2点が絡み合ったことが要因と考える」と述べている(参照:Short-form video app Quibi is shutting down after just six months|CNN)。では果たして、パンデミックがなければ成功したのか、そしてそもそもアイデアとして何が弱かったのか。それはまさに書簡の通り誰にもわからないが、少なくとも大成功とまではいかないほど、視聴者のスマートフォンの中にはQuibiの強力なライバルが乱立していると思われる。
素人が配信した動画に億をかけたコンテンツが負ける時代
「アイデアとして充分でなかった」点を深掘りするのであれば、どう考えてもSNSの存在感が想像以上に強かったことだろう。Quibiはスマートフォン中心のサービスで、長くても10分間のドラマやリアリティ番組が売りだった。しかもそのドラマやリアリティ番組は、ハリウッドスターが手がけている。NetflixやAmazon Prime Video、HBOなどが提供する路線と同じ高品質の動画。この最大の売りが、無名の素人が作った10分の動画に負けたともいえる。
「10分程度の動画」を観ることができるスマートフォンアプリで思い浮かぶのはTikTok、YouTube、Instagram、Twitterなど。どれか一つは必ずスマートフォンに入っている人が大半だろう。しかもどれか一つのSNSサービスでバズれば、他のSNSにも波及する。特に今年はTikTokの勢いが凄かった。パンデミック以降バズったもので言えば、The Weekndの「Blinding Lights」をBGMにつかったダンス動画(参照:https://youtu.be/I2qAfjn4Q7k)、トランプ大統領の口パクものまねでNetflixオリジナルコンテンツにも抜擢されたサラ・クーパー(参照:https://youtu.be/W9R_U3pgxMI)、直近では男性がただスケボーに乗りながらドリンク飲んでる動画に、Fleetwood MacのDreamsをBGMで流しただけで約5000万再生だ(参照:Stevie Nicks wins the ‘Dreams’ Tik Tok challenge|CNN)。これをきっかけに40年ぶりにFleetwood Macがビルボードチャートに返り咲いている。しかもこれらはほんの一部。まだまだ他にもある。SNSは見ようと思ってアプリを開くものではなく、何となく習慣的に開いてしまうところに強みがあるが、Quibiはユーザーの習慣まで変えることはできなかった。シンプルに億の予算をかけた高品質の短い動画より、SNSで流行っているなんだか楽しい短い動画を人々は選んだのだ。
パンデミックでなかったら流行ったのか
これについては誰もわからないが、スマートフォンベースのサービスでかつ「横向きモード」「縦向きモード」の両方が楽しめるドラマを売りにしていた点はどこかで限界が来ていたに違いない。タイミングの問題ではないように感じる。先ほど述べた通り、SNSでバズる動画は素人がなんだか楽しそうにしているものばかり。決してアカデミー賞を獲ったプロの監督が作ってるわけではない。プロが製作したからバズると言うわけではないのだ。この“なんだかよさげなバイブス”があるものが圧倒的にミームになりライバルになる2020年のスマートフォン動画において、スマートフォンベースを最大の売りにすること自体難しかったのではないかと思う。
縦型動画で言えば、それこそアカデミー賞受賞監督のデイミアン・チャゼルがiPhoneで撮影した動画が話題になって久しいが、これでドラマシリーズをやることの難しさは想像に堅くない。チャゼル監督作品のように10分程度で完結すれば良いが、完結せず見続けなければならないスマートフォン動画のドラマ。SNSの動画に比べたら気軽なようで、実は気軽さがそんなにない。Quibiは「Quick Bites. Big Stories.」、大きなストーリーをサクっと楽しむことを謳い文句にローンチされたが、そもそものコンセプトがユーザー目線ではなかったことが誤算だろう。YouTubeが早々にドラマ製作に見切りを付け、オリジナルとして配信していた作品をNetflixやAmazon Prime Videoに譲渡しているのも頷ける。何十億もの資金を溶かした結果となったQuibi。業界全体として好調な動画配信サービスにおいて、ある意味典型的な良い失敗事例として歴史に残るだろう。
■キャサリン
Netflix、Amazonプライムビデオ等のストリーミングサービスで最新作を追いかける海外テレビシリーズウォッチャー。webメディアなどで執筆。note/Twitter