GRAPEVINEのライブが呼び起こす前向きな感情ーー音楽での純粋な結びつきを示した中野サンプラザホール公演
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GRAPEVINEが11月7日、『GRAPEVINE FALL TOUR』の東京公演を中野サンプラザホールで開催した。昨年秋に開催された同名のツアー以来、約1年ぶりのワンマンライブでGRAPEVINEは、これまでと同じく、純粋に音楽だけを介したバンドとオーディエンスの結びつきを示す圧巻のステージを繰り広げた。
昨年は、対バンツアー『GRAPEVINE SOMETHING SPECIAL』、最新アルバム『ALL THE LIGHT』を引っ提げた全国ツアー『GRAPEVINE tour2019』、東名阪ツアー『GRAPEVINE FALL TOUR』と3度のツアーを行ったGRAPEVINEだが、今年はもちろん、予定していたツアーやイベントはほとんど中止。他のバンドやアーティストが配信ライブやSNSを使った発信を模索するなか、彼らはオンラインの活動に積極的ではなかった。2014年のライブ『IN A LIFETIME』、2017年のスタジオライブ映像、2018年のRISING SUN ROCK FESTIVALの映像をプレミア公開し、ツアーを楽しみにしていたリスナーとオンラインで一緒に楽しめる場所を提供してきたが、新たなコンテンツを作ったり、配信することはまったくなかったと言っていい。もちろん、“歌をつないで、みんなに勇気を与えたい”といった企画に参加することもなく、Twitterなどでメッセージを送ることもなくーーそもそも田中和将(Vo/Gt)と西川弘剛(Gt)はSNSをやっていないーー。常に自らの創作欲求に従い、稀代のライブバンドとしての存在感を発揮し続けてきたGRAPEVINEは、“自分たちの表現は録音作品とライブで伝える”というスタンスを貫いたのだと思う。
この日のライブでも彼らは、観客とともに空間と時間を共有し、“音楽だけしか存在しない”ステージを繰り広げた。メンバーの思いや意図はすべて、楽曲と演奏に込められていたのだ。
ライブは「HOPE(軽め)」からスタート。まっすぐに希望を歌うことはできず、その周辺を漂う姿を描いた楽曲だ。発表されたのは1999年だが、2020年の現状とも強く重なっている。さらに「Arma」「豚の皿」とライブアンセムが続く。亀井亨(Dr)の抑制の効いたビート、いぶし銀のフレーズを響かせる西川弘剛(Gt)、厚みのあるベースラインでバンドのボトムを支える金戸覚(Ba)、オルガン、電子音、ギターなどで楽曲に彩りを与える高野勲(Key/Gt)によるアンサンブルはまさに絶品。ブルース経由のハードロック、カントリー、サイケデリックなどに憂苦的に混ぜ合わせながら、レイドバックしすぎず、現代的なロックミュージックに結びつけるGRAPEVINEの音楽性は、やはりライブでこそ真価を発揮する。
「また始まるために」「報道」と、この時期だから選んだとしか思えない楽曲が続く(興味のある方は、ぜひ歌詞をじっくり読んでみてほしい)。ライブ前半でもっとも強く印象に残ったのは、最新アルバム『ALL THE LIGHT』の収録曲「すべてのありふれた光」だった。〈悪意が娑婆を乱れ飛んでる/世界なんか塗り替えてしまえ〉もそうだが、そのすべてが2020年の世界に向けられているとしか思えなかった。
アルバム『ALL THE LIGHT』のインタビューの際(参考)、「すべてのありふれた光」について田中は「決してハッピーエンドではないですけど、せめて“扉が開いたかも”“光に触れたかも”というところまでいかないとダメな気がした」と語っていたが、この曲に込めた意思は、マスクをし、声を出さずにコンサートを見ていた観客ひとりひとりに伝わったと思う。
「新しいグッズの“買い物かご”が爆売れしてますけど、持っている人、いませんね」「あと5万曲やります!」(田中)というMCから、ライブは後半へ。華やかなホーンセクションを取り入れたアッパーチューン「Alright」、代表曲の一つである「光について」、ディープかつエモーショナルなバンドサウンドが渦巻く「CORE」、そして、解放感のあるメロディと〈今 限界をも超える そのくらい言っていいか〉という歌詞が響いた「超える」で本編は終了。
「最終日なので何かしらのサプライズ発表があるんじゃないかと勘繰ってるかもしれないけど、ホンマにないんです。それだけ世の中は深刻だということです。もうしばらくは我慢で、明るい来年を迎えたいと思います。というわけで、良いお年を!」「3本で終わってしまうのは寂しいですが、次のアクションをどうか期待しておいてください」という言葉で始まったアンコールも聴き応え十分。繊細で美しい旋律が広がる「1977」、高揚感に溢れたバンドサウンドが鳴り響き、観客が手を挙げて応えた「ミスフライハイ」などを披露し、ライブはエンディングへ。驚くほど長く続いた拍手が、この日のライブの充実ぶりを証明していた。
文芸誌『文學界』(2020年7月号)に掲載されたエッセイ「群れず集まる」(田中和将)のなかで田中は、「私は自分の作るものが芸術だとも娯楽だとも、人の役に立つとも思っていない。あるとすれば、私以外の手が入って、バンドの何かが作用して、聴き手の何かが作用して、やっと有意義なものが産まれるかもしれないという期待である。私と似たような者の居場所が生れるかもしれないと。」と記していた。コロナ禍において、というか、ずっと以前から「勇気を与えたい」「元気になってほしい」という物言いに違和感を覚えてきた筆者だが、この夜のGRAPEVINEのライブを観て、明らかに精神状態が良くなったし、このライブのことを誰かと語りたくなった。GRAPEVINEの演奏によって、自分のなかにある何かが呼応し、前向きな感情を掴むきっかけが生まれるーーこの作用をもっと味わいたいと強く思う。