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菊池風磨主演『バベル九朔』で味わうシュールな世界観 万城目学作品はなぜ映像化に向いている?

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リアルサウンド

 脚本家志望の九朔満大(きゅうさくみつひろ)は、古い雑居ビル「バベル九朔」の管理人になり、親友で監督志望の後藤健とともに住みこむことになる。だが、そのビルは“バベル”と呼ばれる異世界と接していた。そこは、現実では諦めた夢がかなう場所であり、ある言葉を口にすると元の世界に帰れなくなる。満大はカラスの化身らしき黒ずくめの女に脅かされながらも、謎の少女に導かれ“バベル”の罠に抗う。

 菊池風磨(Sexy Zone)主演の日本テレビドラマ『バベル九朔』は、そんな設定で展開される。同名小説の原作者・万城目学の作品は、過去にはよく映像化されていた。京都の大学生たちが鬼や式神を使役するデビュー作『鴨川ホルモー』(2006年/2009年映画化)。女子高の教師が奈良の鹿に人間の言葉で命じられ、日本の滅亡を阻止するために奮闘する『鹿男あをによし』(2007年/2008年ドラマ化)。会計検査院の調査官が、大阪に秘密の大阪国があり総理大臣もいることを知る『プリンセス・トヨトミ』(2009年/2011年『プリンセス トヨトミ』の題で映画化)。琵琶湖から水に関する特殊な力を授かった一族が登場する『偉大なる、しゅららぼん』(2011年/2014年映画化)。いずれも、いつもとは違う別の世界の出現を描いた物語である。万城目作品では久しぶりの映像化となる『バベル九朔』もそれは変わらない。

 『プリンセス・トヨトミ』の場合、書名から察せられるように豊臣家が滅びた後の大阪で実は……という歴史の裏側に会計検査院という国家機関の職員が直面する内容だった。同作は歴史や国家という主題を含んでいるため、他の作品に比べ、少しかしこまったところがあった。だが、ほかの一連の作品は、どこにでもいそうな、ちょっとぬけたところのある若者が変事に巻きこまれ、頑張らざるをえなくなる展開が基本だ。主人公の日常を追っていた文章が、すぐ隣にあった異世界へするっと入りこむ。ぬけぬけとホラを吹く大胆さが楽しいし、万城目作品にはとぼけた味がある。

 また、物語を対決の図式で盛りあげる点もわかりやすい。『鴨川ホルモー』では大学サークルが鬼や式神を使役して勝敗を争う競技「ホルモー」が語られ、『鹿男あをによし』の主人公は高校の剣道部の顧問であり、その優勝争いが日本の運命にかかわる。『偉大なる、しゅららぼん』では、特殊な力を持つ2つの家が因縁の関係にあってぶつかりあう。これらの作品にみられる若者の活躍、とぼけたユーモア、現実にはない光景、対決といった要素は、いかにも映像化にむいている。

 今回の『バベル九朔』の場合、ほかの作品のような特定の能力やルールに基づいて対決するスポーツ感覚の競技性はない。でもやはり、満大が“バベル”のルールにどう抗うか、カラス女の襲撃をどう退けるかといった対決の図式が物語のベースになっている。

 ただ、現在放送中のドラマは原作から改変した部分も多い。まず原作では主人公1人でビルに住んでいるのに対し、ドラマでは親友とともに引っ越してきて彼との関係がクローズ・アップされる。それ以上に大きいのは、原作では雑居ビル「バベル九朔」から“バベル”へ入りこんだ主人公は元の世界へ帰れなくなり、最後のほうまで悪戦苦闘すること。連続ドラマのほうでは、毎回、満大が2つの世界を往復する。1回30分のフォーマットで山場を作らなければならないからだろう。彼は、夢がかなう場所に取りこまれそうになる雑居ビルの住人を救おうと、異世界へ何度も行く。ヒーローもののテイストを強めて脚色しているわけだ。

 一方、原作は誰かを救うヒーローの話ではない。“バベル”に居続けるという現実逃避を選ぶかどうかは、第一に主人公の問題なのだ。脚本家志望であるドラマの満大は引っ越してきたばかりの新米管理人だが、原作の主人公は作家になるため会社をやめて管理人となり、すでに2年が過ぎている。賞の募集に原稿を送っても落選が続き。それらの応募作とはべつに会社にいる時から3年かけてようやく書きあげた大長編もあったが、カラス女の襲撃で応募しそこなっていた。精神的に追いつめられた彼は“バベル”で、しあわせな夢のままを選ぶのか、きびしい現実に戻るのか。

 興味深いのは、管理人という設定が、著者である万城目学の実体験であることだ。彼自身も大学卒業後、2年間働いてから雑居ビルの管理人になり、空き時間に小説を書いていた。『鴨川ホルモー』で第4回ボイルドエッグズ新人賞を受賞し作家デビューしてからも『プリンセス・トヨトミ』の連載開始まで、その仕事をしていたという。つまり、『バベル九朔』は、カラス女が出てくる非現実的な話なのに自伝的で私小説的な作品なのだ。

 万城目は『鴨川ホルモー』の京都、『鹿男あをによし』の奈良、『プリンセス・トヨトミ』の大阪、『偉大なる、しゅららぼん』の琵琶湖のように特定の場所のすぐ裏側にある異界を描いてきた。それに対し、『バベル九朔』は、作家としての自分の出発地点だった
雑居ビルを題材にして、そこにあったかもしれない異界への扉を開けてみた物語である。

 小説では「第一章 水道・電気メーター検針、殺鼠剤設置、明細配布」、「第二章 給水タンク点検、消防点検、蛍光灯取り替え」と、管理人の仕事から章題がつけられている。そうした作業の数々を語ったうえで、やがて面白くもない毎日に違和感が混じり始め、ある段階で一気に異世界の姿があらわになるのを描く。

 前段階で日常に関するリアルな記述を積み重ねておいたからこそ、みなれた雑居ビルが異世界へ変貌する様子に生々しさがもたらされ、臨場感が生じる。

 “バベル”という言葉は、神に近づこうとして天に届くほど高くしようと塔を建てていた人間たちの思いあがりに神が怒り、罰を与えたため崩壊へむかったという『聖書』の「バベルの塔」の神話に由来する。『バベル九朔』では現実での苦労を回避し、夢に逃げこむこと(これもある種の思い上がりだろう)の是非が問われる。それは万城目が、作家デビューを目指していた頃の自身の心のうちをふり返って書いたものでもあるだろう。

 ドラマでは“バベル”にいる人々が異形のものと化す映像がホラー風味だったりするが、小説では周囲の風景が変容し続ける描写など、もっとファンタジー色が強い。なかでも人の挫折した夢を吸収して高くなる“バベル”の塔のイメージは強烈だ。

 ドラマから観た人には、夢を追う人間の愛おしさ、みっともなさという同じテーマを異なるアプローチで掘り下げた原作小説にも、手をのばしてほしいと思う。

※高地優吾の「高」ははしごだかが正式表記。

■円堂都司昭
文芸・音楽評論家。著書に『ディストピア・フィクション論』(作品社)、『意味も知
らずにプログレを語るなかれ』(リットーミュージック)、『戦後サブカル年代記』(
青土社)など。

■放送情報
『バベル九朔』
日本テレビにて、毎週月曜深夜24:59〜放送
※Huluでも配信
出演:菊池風磨(Sexy Zone)、高地優吾、池田鉄洋、佐津川愛美、前原滉、アキラ100%、村松利史、上地雄輔ほか
原作:万城目学(角川文庫/KADOKAWA刊)
脚本:田中眞一 吹原幸太
監督:筧昌也、田中健一
音楽:野崎美波
チーフプロデューサー:福士睦
制作プロダクション:ダブ
(c)NTV・J Storm
公式サイト:https://www.ntv.co.jp/babel/
公式Twitter:@babel_ntv
公式Instagram:@babel_ntv