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『鬼滅の刃』完結後も勢い止まぬ「ジャンプ」 ヒット作が続々生まれる理由とは?

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リアルサウンド

  2020年の「ジャンプ」は『鬼滅の刃』完結、『呪術廻戦』TVアニメ化に伴い大ヒット、「ジャンプ+」連載の『SPY×FAMILY』が未アニメ化にもかかわらず累計550万部を超え、『怪獣8号』が連載第1話からバズりまくるなど話題を挙げればキリがなかった。

 では改めて、ジャンプのなにがすごいのか――どこがすごいから、こうした作品が次々に生まれているのか。

■数字に基づいて新陳代謝を促すしくみが確立されている

 昔から言われているとおり、ジャンプの連載作品はアンケートの順位が低いと打ち切られる。前作がヒットした作家の新作だろうが容赦なく、だ。

 もちろん、どこの媒体も不人気作品を打ち切るのは同じだが、ジャンプの場合は「コミックスの部数を勘案して」とか「雑誌を支えてくれた作家だから」といった恣意性や特定の編集部員・編集長の属人的な温情等々を極力排して本誌アンケートの結果で判断している(くわえて、作家のみならず、編集者も数字を元に評価され、結果が残せなければ異動になる)と見られている。

 これは描いている作家からすると過酷だが、新人からすればチャンスだ。冷徹に「切る」しくみがないと、新しい作品が「入る」枠が減る。

 温情などを理由に低迷作品に対する判断を遅らせれば遅らせるほど、新陳代謝は沈滞し、新作・新人に与えられる機会は減る。切るしくみがしっかりしているほうが、その枠に入りたい新作・新人にとっては有利になる。

 そうはいっても、どの作品も一作ごとに作り手・送り手側の強い情や想い、編集者の情熱が込められているわけで、そういうことよりも数字(の向こうにいる読者の反応)を元にシビアに打ち切りの判断をしていくのは、言うほど簡単ではない。

 しかし、出した作品に対する反応がすぐわかる週刊誌の特性を活かし、どこよりも素速く、徹底して続けてきたことがジャンプの強みだ。

 ジャンプ本誌以外に集英社内でもヤングジャンプ、ジャンプSQ.、ウルトラジャンプ、ジャンプ+などいくつも描く場所があるので、昔ほど一度ヒット作を描いた作家に対して厳しい印象はないかもしれないが、本誌内での競争は変わらず熾烈だ。

■新人獲得、ノウハウ共有、ツール提供に積極的

 切る仕組みがあっても入ってくる人(新人マンガ家)がいなければ、そしてそれを育てるしくみがなければ新陳代謝は成り立たない。

 描き手を育てるには、実際に場を与えて描いてもらい、読者の反応を見て次に臨むサイクルをつくっていくのが一番だ。

 しかし、新人とはいえ描いてもらったら原稿料が発生する。いくら増刊号を出しても紙の雑誌では紙幅は限られている。だからなんでもかんでも載せるわけにはいかない。

 ――それが“かつての”常識だった。だが、「ジャンプ+」細野修平編集長のTweet(2020.11.22)によると「ジャンプ+」は読み切りをこの1年で150本以上載せ、「ジャンプルーキー賞」「ジャンプ新世界漫画賞」などの新人賞受賞作を入れたら約200本は掲載しているという。

 仮に1ページ5000円払うとして(具体的な原稿料は不明。あくまで仮置き)読み切り1本50ページとすると

5000円×50ページ×200本=5000万円

かかった、ということだ。

 実際にはこれに各漫画賞の賞金が加わる。

 たとえばマンガ投稿サービス「ジャンプルーキー」の月間賞受賞作ではゴールドルーキー賞は賞金100万、シルバーは50万、ブロンズ10万、編集部期待賞5万と毎月165万円かかる。年間では1980万円だ。

 ほかにもジャンプは毎月複数の漫画賞(新人賞)を常時開催している。

 ということは、それ単体ではほぼ収益化できない新人の描いた読み切り作品への原稿料・賞金の支払いだけで年1億円は余裕で超えているはずだ。

 さらに、かつては悪名高かったジャンプの「専属作家契約」による作家への支払いもある(今現在、実際何人くらいと交わしているのかは不明)。これは人気作家を縛る側面が語られがちだが、目下依頼原稿があるわけではない新人・中堅に対しても契約金が支払われることでその作家がバイトせずに作品に集中できるというメリットがあることが重要だ。

 ジャンプコミックスはいまは440円+税が標準的な値付けだと思うが、ざっくり400円として1冊売れることにもろもろの経費を除いて半分の200円くらい集英社に入るとすると、年間1億円を回収するには1億÷200=50万部売らなければいけない。年間2億なら100万部売れる作品が出てこないと新人への投資はペイしない。

 それでもジャンプはリスクを取って億単位で新人に投資をして発掘・育成の場を作り、その中で頭角を現した才能に本誌やジャンプ+で連載を持たせているから、新陳代謝のしくみが機能する。

 新人マンガ家の99.9%はおそらくジャンプという器に合わない(そもそも箸にも棒にもかからない作家志望もいるだろうし、たとえ才能があっても作風や制作速度、家庭の事情などによってジャンプ向きではない描き手は無数にいる)。

 だがそれでも「無駄」とは思わずお金と人員を投じて呼び込もうとしているから、良い描き手が集まるし、育つ描き手が現れる。

 ジャンプ編集部は近年ではツール提供やノウハウ共有にも積極的だ。

 メディバンと組んでデジタル作画ツール「ジャンプPAINT」を無料で提供、作家や編集者が講師となって語る「ジャンプの漫画学校」やブログ「元週刊少年ジャンプ編集者が漫画家から学んだことを書いていく」(https://www.shonenjump.com/p/sp/2019/saito_blog/blog/001.html)などでジャンプ流のノウハウを惜しみなく外部に出している。昔から鳥山明の『ヘタッピマンガ研究所』など漫画指南本・投稿を呼びかける企画をやっていたが、最近は意識的に増やしているように感じる。

 もちろん、ツールを提供して「こんなやりかたがある」と語っただけで新人が急にマンガが描けるようになるわけではないし、描いた作品をジャンプに持ち込んでくれるとも限らない。だが、何も発信していない媒体と比べれば選択肢のひとつに入る可能性はずっと高まる。

 かつてのように「待っていれば黙っていてもジャンプに良い新人が集まる」時代ではないことに危機感をもって様々な取り組みをしているから、近年も新陳代謝が機能している。

■全社一丸+チャレンジを推奨する社風

 ジャンプ編集部以外も含めるならば、集英社を取材していて感じる強みは、ひとつの作品をいかにして売り伸ばすのかに関して、部署横断で全社的に取り組む体制があることだ。

 マンガの部署と小説(jBOOKSやオレンジ文庫、みらい文庫)との連携の巧みさは何度か記事に書いたことがある。これなどは「できて当たり前」に思うかもしれないが、部署が違うということは、どの部署に売上が付くかが変わるわけで、それだけで「なんで(売上の大きい)マンガの部署が(売上の小さい)小説の部署に協力しなければならないのか」と非協力的ないし消極的になる会社は少なくない。

 また、取次・書店に対する営業担当者も、マンガと小説、関連書籍や雑誌では異なることが少ないため、編集部間では連携が取れても営業間で足並みが揃わず、書店に対して「並べて置いたらセットで売れる」という周知が不徹底になったり、書店で長く置いてもらえるように刊行スケジュールをすりあわせる作業が社内の段階で不十分になることもしばしば起きうる。

 そういう社内間闘争、縄張り争いが同業他社と比べて相対的に少なく、作家・作品のためになることは全社一丸で取り組む姿勢があるように感じる。だからこそ作品が軌道に乗って売り伸ばすフェーズに入ったときに、ヒットが大きくなる。

 もうひとつ、集英社はチャレンジを推奨する社風がある。

 出版業界は横並び意識が強く、「あそこがやっているからうちもやる」「あそこがうまくいったからうちも」という意思決定は容易だが、最初に手を挙げる会社は少ない。新規事業のプランが「失敗したらどうするんだ」という理由で潰されることもままある。失敗したらやめればいいわけで、やらずに取り損ねた場合の機会損失を勘案しないほうが問題だ、という正論は、しばしば機能しない。

 そんななか、集英社は決算が好調という背景もあるかもしれないが、そもそも社風として攻めの姿勢がある。

 なかでも「やってみて、数字(反応)を見て、思い込みを修正していく」姿勢はもともとアンケート重視のジャンプに備わっていたわけで、集英社の数ある部署のなかでもっともデジタル適応が早く、うまくいったのはジャンプがいわゆるリーンなやり方を元から採用していたからだろう。

 挑戦することと、数字を見て修正することは、両輪でないとうまくいかない。

 ただ「挑戦すればいい」と言うだけでは、赤字の垂れ流しになっていつか崩壊する。

 数字だけ見て判断していると、過去のうまくいったものに固執するという前例踏襲主義に陥りがちで、縮小再生産になる。

 だから「数字を見て判断するが、同時に新しいことを積極的にやる」――新人に機会を与え、これまでにない企画や事業をやっていく。ただし、失敗したら速やかに撤退し、うまくいったらまわりも巻き込んで全力でアクセルを踏み抜く。

 こういったことを組織文化として浸透させているから、ジャンプは強い。

■飯田一史
取材・調査・執筆業。出版社にてカルチャー誌、小説の編集者を経て独立。コンテンツビジネスや出版産業、ネット文化、最近は児童書市場や読書推進施策に関心がある。著作に『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの? マンガアプリ以降のマンガビジネス大転換時代』『ウェブ小説の衝撃』など。出版業界紙「新文化」にて「子どもの本が売れる理由 知られざるFACT」(https://www.shinbunka.co.jp/rensai/kodomonohonlog.htm)、小説誌「小説すばる」にウェブ小説時評「書を捨てよ、ウェブへ出よう」連載中。グロービスMBA。