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池松壮亮が歩む映画旅 “沈黙”の2020年から、2021年『アジアの天使』『柳川』への期待

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 池松「僕自身にとってはすごく難しい役でしたね。まず脚本を読んだときに、恐ろしく優しい男だなと思ったんです。石井(裕也)さんが池松君に当て書きすると言ってきて、こんな役が来たものだから、僕は“そんな、畏れ多い”というか。むしろ(主人公が)石井さんに見えて、本当に僕にできるのかなと思いましたね」

 これは2017年春、石井裕也監督、池松壮亮の主演映画『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』の公開前に筆者がおこなったインタビュー(「日本映画専門チャンネル 最高密度の俳優 池松壮亮」2017年5月6日23時放送)の中のやり取りのひとつだ。1990年生まれの池松壮亮は30歳になった。小学6年生の時にトム・クルーズ主演の『ラスト サムライ』(2003年)で子役としてデビューして以来、若いながらも長いキャリアを形成してきた。少年時代はプロ野球選手を目指していたという。俳優業との両立が難しいことから、硬式野球を断念し、軟式野球では副キャプテンをつとめていたという。アスリートとして鍛え上げられたフィジカルと反射神経は、飛び込み水泳の中学生チャンピオンを演じた『DIVE!!』(2008年)や、日系人野球チームの三塁手を演じた『バンクーバーの朝日』(2014年)でも遺憾なく発揮されていた。

 ノンストップで日本映画界を疾走してきた池松壮亮は、1本の映画出演作も公開されないまま2020年という年を終えた。仕事をセーブしているという話は風の噂で聞こえてきたが、2020年はドキュメンタリー映画『僕は猟師になった』のナレーションでかろうじて彼の声を聴くことができた。これにしても『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』で築かれたリトルモアとの信頼関係の中で引き受けたものだろう。この沈黙はパンデミックの前からのものだ。ひょっとすると、日本大学芸術学部の監督コース出身の池松もついに監督デビューの準備かと勘ぐったが、これも邪推とは言えない。

 東京という大都会の中で、ある心境の示すまま底辺生活を甘受する主人公の慎二を演じた『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』は、キネマ旬報の2017年日本映画ベストテン1位となり、2019年には『宮本から君へ』ではキネマ旬報の主演男優賞を受賞した。この両作こそ、長い経歴の中でいわば彼の代表作と言える2本である。じじつ、この2本における池松の演技は鬼気迫るものがあって、筆者としては畏怖の念すら感じた。

筆者「『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』の慎二役は、レオス・カラックス監督『ボーイ・ミーツ・ガール』『汚れた血』のドニ・ラヴァンを思い出しました」

池松「自分を暴かれるようで恥ずかしい。正直、ドニ・ラヴァンは相当影響を受けています。今回の慎二役に限らず、僕が俳優を志すとなった時から繰り返し見てきました。今でも見ますし、正直『夜空は~』の撮影に入る前にも見返しました」

 筆者からの指摘に、少しばかりむっとした表情を浮かべた。それくらいの図星を言い当てた程度で俺のことを分かったなどと思うなよ。そう言い立てているような厳しい表情だ。この矜持に、並々ならぬ映画への情熱を感じる。池松壮亮という俳優をスクリーン上で長い期間にわたり観てきた。あらゆるバリエーションを演じてきた彼だが、芯の部分には同じ炎が燃えていると、常に思わされる。夏帆と共に初々しい少年少女カップルを演じた『砂時計』(2008年)、そして橋本愛と小林涼子への恋情のあいだで揺れる高校生を演じた『大人ドロップ』(2014年)は本当に素晴らしい。市川由衣の肉体をむさぼるばかりのエゴイストを演じた『海を感じる時』(2014年)も、荒井晴彦のシナリオ、安藤尋監督の一筋縄でいかぬ演出もあいまって、強烈な印象がいまだに消えずにいる。

 充実した過去作についてはいくら紙数があっても語り尽くせないが、過去はこのへんにして未来について語ろう。沈黙の2020年などと先ほど書いたが、実際の沈黙はほんの数カ月だったようだ。初夏以降は活動再開し、『ぼくたちの家族』『バンクーバーの朝日』『夜空は~』『町田くんの世界』と数多く組んでいる石井裕也監督、オダギリジョーらと共に韓国に渡って撮りあげた新作『アジアの天使』は今年公開予定だそうだし、NHKドラマ『あなたのそばで明日が笑う』は今年3月に放送予定である。

 さらに特筆すべきは『春の夢』『キムチを売る女』『慶州 ヒョンとユニ』といった、韓国映画の動向から完全に逸脱した異才・張律(チャン・リュル)監督が、福岡県柳川市でロケした新作『柳川』にも出演していることだ。張律は中国東部の延辺朝鮮族自治州で生まれ育ったいわゆる朝鮮族で、パスポートは中国人である。いわば、韓国にも中国にも完全には属さぬコスモポリタン的な立場にあるが、そんな彼が『慶州 ヒョンとユニ』において、現在の南北朝鮮の源流を築いた王朝、新羅の古都にロケーション撮影を敢行し、芝生に覆われた巨大な古墳の前で男女の果たされぬ欲望を、鷹揚なる時間感覚で活写したとき、そこには「朝鮮半島はわが血筋の故地ではあるが、わが身体は百代の過客にすぎない」という諦念がたしかに刻印されていた。

 そんな張律監督が『福岡』『柳川』と立て続けに九州・福岡県で2本の映画を撮影した。福岡県は「漢委奴國王印(かんのわのなのこくおういん)」の金印が出土したことで知られるとおり、古代北東アジア交流の只中にあった土地柄である。福岡出身の池松壮亮が『柳川』において、新羅の古都・慶州にとっての張律同様の百代の過客の心境のまま画面に収まっていているとしたら、それは2020年代のあらたな北東アジアの交通のありようとして非常に刺激的な構図だと思える。2021年、池松壮亮の動向を注視したい。

■荻野洋一
番組等映像作品の構成・演出業、映画評論家。WOWOW『リーガ・エスパニョーラ』の演出ほか、テレビ番組等を多数手がける。また、雑誌「NOBODY」「boidマガジン」「キネマ旬報」「映画芸術」「エスクァイア」「スタジオボイス」等に映画評論を寄稿。元「カイエ・デュ・シネマ・ジャポン」編集委員。1996年から2014年まで横浜国立大学で「映像論」講義を受け持った。現在、日本映画プロフェッショナル大賞の選考委員もつとめる。

■放送情報
『あなたのそばで明日が笑う』
NHK総合・BS4Kにて、3月6日(土)19:30〜放送(73分)
作:三浦直之
出演:綾瀬はるか、池松壮亮、土村芳、二宮慶多、阿川佐和子、高良健吾ほか
制作統括:磯智明
プロデューサー:北野拓
演出:田中正
写真提供=NHK