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経済の問題だけでなく、鑑賞体験の質にも影響が? 映画館定額制をシネマシティがやるとしたら

映画

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リアルサウンド

 東京は立川にある独立系シネコン、【極上爆音上映】等で知られる“シネマシティ”の企画担当遠山がシネコンの仕事を紹介したり、映画館の未来を提案するこのコラム、第32回は“映画館定額制をシネマシティがやるとしたら”について。

参考:アメリカで話題の“映画館定額制”は日本でも始まるか? 映画館スタッフが可能性を検証

 前回『MoviePass』を取り上げて、話題の映画館定額制は日本でも始まるかどうかについて考えてみました(参考:アメリカで話題の“映画館定額制”は日本でも始まるか? 映画館スタッフが可能性を検証)。僕のとりあえずの結論は「日本人は映画館で映画を観る本数が少なく、月額制はなじまない」というものでした。

 この種のサービスを支えるのは会費以上には観ない層です。ところが月額制にするということは、入会対象者は最低でも月に1本は鑑賞する人、ということを前提にせざるを得ません。月1本ということは年に12本ということです。日本人の年間平均映画館鑑賞回数は1.4回くらいですから、これはその約10倍の、かなりのヘヴィユーザーということになります。

 …といってもこのコラムをお読みいただいているような映画ファンにとっては、月1本ペースで映画館ヘヴィユーザーなんて片腹痛い、と思われるでしょう。しかし、しばらく前から映画は、観る人は観る、観ない人は全然観ないという傾向です。だからそう感じるのです。月2本ペースだって、そこそこの映画ファンにとっては、少なく感じるかも知れません。

 しかし実際、日本で月に1本以上映画館で観るという人は一般的には十分にヘヴィユーザーカテゴリーなので、月額という区分にすると、ミドル/ライトユーザーは入会ターゲットに入ってこないのです。ここが難しい。

 結局アメリカのような日本の3倍も平均映画館鑑賞回数が多い国でも、MoviePassはうまくいかず、現在は「月1,100円で月に3本観られる」というサービスになっています。以前は「日に1本観られる」というものでしたから、大幅なサービスダウンです。それでも十分に安いですが「見放題」感は全然ありません。

 さてこれに対して、アメリカの大手シネコンチェーンAMCが行っている定額制「AMC Stubs A-LIST」(https://www.amctheatres.com/amcstubs/alist)は強力です。こちらは月会費こそ約20ドルとMoviePassの倍額ですが、週3本観られるのです。週3本ということは、年に156本です。これ日本なら、9割5分くらいの映画ファンにとってほぼ「定額見放題」と言ってもいいのではないでしょうか。

 さらに強力なのは通常上映のみならずIMAX、Dolby Cinemaなどの追加料金のあるプレミアムなシアターでの上映も含むということです。例えば僕が夏に行ったサンフランシスコの「Metreon16」では、Dolby Cinemaは約23ドルでしたから、月額一発元取りです。これはすなわちライト/ミドルユーザーも対象にできるということ。まったく見事な制度設計です。月額が上がっているのに実質安くなっているお得感があるのです。

 デメリットは対象がAMCのみ、ということですが、アメリカ国内に600館以上(!)あるそうですからなんとかなりそうです。なんならMoviePassと両方入っておけばいいのです。MoviePassの圧倒的強みは、全米の9割の映画館が対象であることですから。2つ入ったとしてもたった月3,500円くらいですし、これで大抵の映画は網羅できるのではないでしょうか。

 AMCのサービスが強力な理由は、これをシネコン自体が行っているからです。

 MoviePassが観客の入場料をそのままの金額で劇場に支払うのに対し、主体が映画館なら配給会社に支払うべき金額は入場料の半額です。

 月会費は倍で、支払いは半分。つまり、1本観られたら会費分が支払いで消えてしまうMoviePassに対し、AMCは4本観られても大丈夫だということです。ものすごいざっくり単純計算ですが。

 月に4本ということは、年に48本。これだけ観る方はいかにアメリカでもさほど多くないことでしょう。つまり、多くの会員が、会費を下回った分しか観ないはずです。

 会費を下回るといっても、観客からしたらIMAXやDolby Cinemaや3Dで観たなら1本ないしは2本で会費の元は取っているわけです。このプレミアムなシアターのプラス料金は、劇場が設備投資に対して上乗せしている分なので、劇場側に支払いが生じるわけではないのです。だからあたかも「観客も映画館も誰も損していない」ような素敵状況を生み出すことが可能なんですね。

 …正確には映画館は設備を提供してる会社に入場人数分のライセンス料等の支払いがあったりするので、まったくノーコストではないですけど。

 AMCのA-LISTはプレミアムな上映シアターもOKにしたことで、持続可能性を上げるための会費の増額を増額と感じさせず、月1回でも観れば元が取れるようにしたことでライト/ミドル層をも入会ターゲットに入れたという、繰り返しますが、実に素晴らしい設計です。

 そこでこの仕組み、シネマシティでも導入できないか、と考えてみたわけです。配給会社の了解が得られるかどうかは置いておいての、思考実験ですね。

 思考の過程をすべて書き連ねると膨大な長さになるので、箇条書きにしますね。

○日本の入場料を考えると月3,000円以上の会費が欲しいが、そうすると日本ではヘヴィユーザーしか集まらない。

○シネマシティにはIMAXもDolby Cinemaも無いので、その代替として何かプレミアムなシアターを作る必要があるかも。

○繁忙期だけ入会してすぐに辞められるというのはキツい。3ヶ月とか半年は継続してもらう必要がある。

○月会費はもう少し下げて、カラオケとかライブハウスみたいにワンドリンクオーダー制にする。

○ライトミアム方式ならもしかして上手くできるかも。例えば月額1,800円/月3本観られるライトプランと月額3,600円/週2本観られるプレミアムプランの2本立てにする。

 他にもいろいろ考えましたが、なかなかうまくいかないですね。現状よりも映画ファンがお得であると感じ、映画館が利益を上げなければ意味がないですが、やはりかなり困難に思えます。

 シネマシティは目の前の儲けよりも少しでも多くの方に世界最高クラスの映画体験を味わっていただきたいと、手間もコストも毎度かなりかけている【極音】【極爆】を追加なしの通常料金に設定してしまったのがここにきて痛いんですね(笑)。

 また年1,000円/6ヶ月600円の会費で、平日は常に1,000円/土日祝が1,300円の入場料になる「シネマシティズン」という会員制度を行っておりまして、これは料金だけでなく特典も含めて微に入り細に入り考えに考え抜いて設計した制度なので、作った自分で言いますけど、ほぼ完璧なんですよ(笑)。

 また別の視点ですが、見放題的なシステムは経済の問題だけでなく、実は鑑賞体験の質にも影響があると考えています。

 必ず入り浸るお客様が現れ、パブリックなスペースであることの緊張感が失われ、やがてマナーの低下が起こり始めます。

 遅れて入場したり、途中で退場したりということが平気になってくる方が現れるでしょう。

 また映画館スタッフにとっても逆転現象が起こり、たくさん通ってくださるお客様より、会費だけ払って観に来ないお客様こそ上客ということになります。これは映画館として正しいあり方なのだろうか、という疑問を拭うことができません。

 やはりネット配信と映画館は、同じものを商品として扱っているから混同されがちだけども、根本的にまったく別の商売であるということです。配信は「簡便」が、映画館は「体験」が武器なのです。

 「簡便」と「定額」は相性が良いですが、「体験」とは馴染まないのだと思います。また映画館は「アーカイブ」というものがなく、常にほぼ新商品を扱っているということも決定的です。「定額」はやはり「アーカイブ」的なものでこそ成立するのです。

 このコラムには珍しく、ネガティヴな結論にたどり着きましたが、AMCが大きく成功したら業界全体のゲームチェンジが起こるかも知れず、そのときはこのコラムはなかったことになるかも知れません(笑)。

 未来はわからないから面白いんですね。

 You ain’t heard nothin’ yet !(お楽しみはこれからだ)(遠山武志)