毒祖母に育てられ、少女は多重人格に……! 40年前の少女漫画に描かれた、教育の闇とは
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古代ローマの神・ヤヌスは、物事の内と外を同時に見ることができたという。この物語は、ヤヌスにもう1つの心を覗かれてしまった少女の壮大なロマンである。もしあなたに、もうひとつ顔があったら……。
というモノローグで始まるドラマ、覚えている方はいらっしゃいますでしょうか。主人公の杉浦幸さんが、なんだかカリカリのパーマかけて出演してました。彼女はこのあとに『この子誰の子?』というこれまた少女マンガ原作のドラマに主演していまして、80年代大映ドラマを代表するアイドルでしたよね。
作者の宮脇明子先生は人の闇を描くのが得意な作家です。貧乏な家の少女がピアノの腕と策略でのし上がっていく『銀と金のカノン』は最高にネチネチしていておもしろかった。で、『ヤヌスの鏡』ですが、むっちゃくちゃ厳格でデッサンも崩れがちな恐ろしい形相の祖母に育てられ、抑圧されて別人格が生まれちゃった少女ヒロミの物語です。
ばあさんの娘、ヒロミの母親は反対を押し切ってヒロミを産み、男に裏切られたことで身投げしてしまう。ふしだらで不真面目だとばあさんがお怒りだけど、娘の素行が悪いのもアンタがうるさいからでしょう。そりゃばあさんお前のせいだよ。ばあさんは娘の教育に失敗したからか孫のヒロミにもめちゃくちゃうるさくて、男女交際なんてとんでもない、「おまえの母親は男にだまされて、お前を産んで北の湖で身投げしたんだ」「おまえなんか生まれなければよかった」とか保護者にあるまじき暴言ばっかり吐いてます。そりゃばあさん、孫も多重人格になるわ。ぜんぶお前のせいだ。
かくいうヒロミは人生辛くなっちゃって、ユミという人格を生みだし、夜な夜なディスコ(笑)に行くわ、不良グループとケンカはするわ、大暴れを始めます。宮脇先生の作品の主人公って、めちゃくちゃ策略に長けてて優秀なので気持ちがいいんですよね。ユミは乗ったこともないバイクを華麗に操りレディースを蹴散らしたり、ケンカが仕事みたいな奴らとタイマン張って勝利したり。才能に満ちあふれているんです。ものすごく爽快です。
ユミの行動はどんどんと過激になっていき、登場人物の誰よりも悪者になっていきます。これがあのうるさいばあさんのせいかと思うと、因果応報ざまあみろ。
令和になった今、こんなふうに貞操観念にうるさい保護者がどれだけいるのかはわかりません。でも昭和の時代には女の処女性を押しつける少女マンガがいくつかありました。ばあさんも孫に男と触れ合って欲しくないなら共学じゃなくて女子校に通わせればよかったのに。
ばあさんの形相が恐ろしいから言うわけじゃないですけど、私はばあさんのやることなすことすべてが嫌いです。まず子どもには人権があります。やりたいこと、やりたくないこと、自分の人生をどうするかは子どもが自分の意志で決める権利がある。教育とは情報を与えることであって、子どもの尊厳を侵害することではないんです。
異性交遊に関しても、経験薄くていいことひとつもありません。出会った男がいい人かどうかなんて、経験がなければ見分けられないでしょう。いろんな人と出会って付き合って、自分に合うのはどんな人かを経験を持って学んでいけばいいんです。そのために性教育をちゃんとする。子どもをしめつけてコントロールしてやりたいのは単なる支配欲を満たすことだけですよ。
この作品が発表されたのは1981年。日本はまだまだ子どもの人権意識が薄いですが、こんな昔にそれにどんな害があるかを、すごくキャッチーに訴えているんです。そして当時はまだまだ多重人格も周知されていませんでしたが、いち早く取り入れているところもすごい。
『ヤヌスの鏡』には続編があって、物語の後日談や、ばあさんの若かりし頃が語られています。あの厳格なばあさんにどんな過去があってああなってしまったんだろうと思って読んでみたんですが、ぜんぜん同情の余地のないところが興味深かったです。
■和久井香菜子(わくい・かなこ)
少女マンガ解説、ライター、編集。大学卒論で「少女漫画の女性像」を執筆し、マンガ研究のおもしろさを知る。東京マンガレビュアーズレビュアー。視覚障害者による文字起こしサービスや監修を行う合同会社ブラインドライターズ(http://blindwriters.co.jp/)代表。
(メイン画像=Unsplashより)
■書籍情報
『ヤヌスの鏡』
著者:宮脇明子
出版社:集英社