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「わきまえない女」が活躍する異色ミステリー『元彼の遺言状』がランクイン 1月期月間ベストセラー

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1月期月間ベストセラー【総合】ランキング(トーハン調べ)

1位 『秘密の法 人生を変える新しい世界観』大川隆法 幸福の科学出版
2位 『星ひとみの天星術』星ひとみ 幻冬舎
3位 『推し、燃ゆ』宇佐見りん 河出書房新社
4位 『スマホ脳』アンデシュ・ハンセン/久山葉子 訳 新潮社
5位 『100分de名著 カール・マルクス『資本論』 2021年1月』斎藤幸平 講師 NHK出版
6位 『かんたん家計ノート 2021』講談社 編 講談社
7位 『呪術廻戦 逝く夏と還る秋』芥見下々、北國ばらっど 集英社
8位 『人は話し方が9割』永松茂久 すばる舎
9位 『元彼の遺言状』新川帆立 宝島社
10位 『齊藤京子1st写真集 とっておきの恋人』齊藤京子/岡本武志 撮影 主婦と生活社

 2021年1月期月間ベストセラー〈総合〉が発表された。芥川賞を受賞した宇佐見りん『推し、燃ゆ』、『人新世の「資本論」』が話題の斎藤幸平が講師を務める『100分de名著 カール・マルクス『資本論』 2021年1月』、アニメ化で新規ファンも急増したジャンプマンガのノベライズである芥見下々、北國ばらっど『呪術廻戦 逝く夏と還る秋』などメディアの影響も後押ししてのヒットが目立つなか、新人の第一作小説ながらランクインしたのが新川帆立『元彼の遺言状』だ。

 『元彼の遺言状』は第19回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作。著者は1991年、米テキサス州ダラス出身、宮崎市育ち。「作家になる」と決心したのは16歳。「収入が安定するまで経済的に大変だろう」と思って資格仕事との兼業を考え医学部を受験するも落ちたため東京法学部へ進学し、司法試験に合格。司法修習中に最高位戦日本プロ麻雀協会プロテストに合格して1年間プロ雀士として活動。2017年1月に弁護士登録。大手法律事務所などを経てインハウスロイヤー(企業内弁護士)として活動しながら小説を投稿し、本作でデビュー、現在は弁護士としては休職して執筆に専念している。「経歴を聞いただけでおなかいっぱいになる」とデビュー前から話題だったが、作品も強烈だ。

わきまえない女弁護士・剣持麗子

 主人公は丸の内にある有名法律事務所で働く弁護士。付き合っている相手が提示した婚約指輪に対してショボいと突き返し、「お金がないなら、内臓でも何でも売って、お金を作ってちょうだい」。勤務先で勤務態度・素行が問題視されて昨年より150万円ボーナスが減額されるとキレて「辞めてやる!」と言い捨てる。そんな折、ふと思い出した三つ前の彼・森川英治に連絡してみると、「英治は死んだ」との連絡が。

 麗子は亡くなるまで知らなかったが、英治は大手製薬会社の御曹司。しかも「僕の全財産は、僕を殺した犯人に譲る」という奇妙な遺言状を残していた。麗子は、犯人候補に名乗り出た栄治の友人の代理人として、森川家主催の「犯人選考会」に参加。数百億円と目される財産の分け前を得るべく、麗子は依頼人を犯人に仕立て上げようと奔走。

 さらに麗子は3カ月しか付き合っていなかったにもかかわらず、やはり英治の遺言によって「元カノの一人」としても軽井沢の屋敷を譲り受けることになっていた。ところが遺書が保管されていた金庫が盗まれ、英治の顧問弁護士が殺害される……。

 主人公はカネのためには義理も人情もないかに見えるスペック重視の痛いやつに映るし、「空気」「雰囲気」を乱したことで低い評価をされることには猛然と反発する。まったく「わきまえない女」である。

 対比的に描かれる男たちのどうしようもなさも印象的だが、問題はそのどうしようもなさが「あるある」なことだ。元カノのことをいつまでも甘美な思い出として抱えている、「男のプライド」を踏みにじられることを許せない小物、上下関係を盾に従えようとする、聞いて欲しくてたまらなそうな態度をしているので振ってみると話が長い、女性差別的……等々。

 この作品では女性、とくに成績や仕事の能力が優秀な女性が男社会で直面する苦労や嫌味がよく描かれている。本作のAmazonカスタマーレビューを覗くとミソジニーめいた書き込みが散見されるが、男にありがちな態度をズケズケと指摘されて「この作品にはここが瑕疵がある」云々とマンスプレイニングに走っているとしか思えない。このことだけ取っても、今読まれるにしかるべき作品だと言える。

貨幣崇拝とポトラッチ

 本作のもうひとつの軸は、主人公を含む「カネ(貨幣)に執着する人々」と「(過剰だが返報性のある)贈与経済に生きる人たち」の対比である。参考文献に挙げられ、また文中でも言及されるマルセル・モース『贈与論』で言及され、文化人類学の研究でよく知られる「ポトラッチ」がキーワードになっている。

 バタイユやポランニーを参照した経済人類学者で政治家に転身した栗本慎一郎がニューアカデミズム華やかりし1980年代によく使っていた概念としてある世代までは広く知られているが、簡単に言うと、いわゆる未開社会の一部には、宴の主催者が参加者に対して返しきれないくらいご馳走したり贈り物をしたりするが、しかしそれは一方的に受け取っておしまいではなく、それ以上に豪奢なお返しをしなければならないという、一見すると無駄で過剰で不合理な風習のことをポトラッチと呼ぶ。

 人類学者たちは、ここから「貨幣経済」の理屈には還元できない「贈与経済」の原理を見いだした。それを矮小化してノウハウに落とし込めばビジネス書に頻出するロバート・チャルディーニ『影響力の武器』で言われる「何かもらったらお返ししないといけないと感じる」という「返報性の原理」になるだろうし、文学的・哲学的に昇華すればバタイユの言う「蕩尽」になる。

 いずれにしても、貨幣経済のカネ勘定、すべてのものを貨幣価値に還元する価値観だけで考えると説明がつかないが、しかし当事者にとっては内的必然性がある行動をする生きものが人間である。

 そしてそういうことを書いた作品が『元彼の遺言状』だ。しかし、冒頭であまりに強烈に守銭奴ぶりとスペック重視の姿勢を見せる主人公に引きずられ、かつ主人公も作者も「女弁護士」であることに引きずられて同一視するという事態があいまって、主人公も作者も「お金大好きなんでしょ?」的に見ている人たちがAmazonカスタマーレビュー上などに散見される。筆者は「あいつは全然読めてない」的なマウンティングは嫌いだが、それでも「どういう話か読めてますか?」と言いたくなってしまう。

 普通に考えると、お金大好きな主人公が貨幣経済的な理屈だけだと見誤る世界に片足突っ込んでいく話だし、主人公と作家を同一視するのであれば「一見すると経歴ピカピカな人間だが、他人からはすぐには理解されがたい内的必然性を抱えている」存在としてくくるほうが自然に思える。

 「このミス大賞の賞金1200万円もらえてよかったですね」的なことを嫌味としてこの作家に対して書いている人がいたのだが、弁護士(インハウスロイヤー)の平均年収は750~1000万円くらい、会社によっては1500万くらいなのだから「カネが欲しくて投稿した」と作家の動機を理解するのは無理筋だろう。そんなことしなくても1年か2年働けばその程度の金銭は得られるのだから。

 ほとんどの小説は売れないし、一般論として、稼ぎたくて選ぶ職業として小説家は成り立たない。それでも小説を書きたいから書いたし、受賞するや執筆に集中するために高収入が得られる弁護士のほうを休職することを選んだのが新川帆立なのである。

 「頭よくて収入もあるのに物書きとしてもうまくいきやがって」(+「しかも女のくせに)的な妬みを誘因することは彼女自身わかっていて、そういうひがみを浴びせられるけれどもまったく「わきまえない」という主人公像を設定したのではないかとすら思ってしまう。だが16歳で作家になろうと志し、15年以上一貫してその想いを内なる炎として絶やさなかった書き手の動機が、世俗的な「成功」とは違う場所にあるだろうことは容易に想像がつく。

 色眼鏡や嫉妬心、ミソジニーを誘発するがゆえに話題になっていることも間違いないが、読み終えたあとには、それに引きずられすぎていないか(とくに男性には)省察してほしい一作だ。

■飯田一史
取材・調査・執筆業。出版社にてカルチャー誌、小説の編集者を経て独立。コンテンツビジネスや出版産業、ネット文化、最近は児童書市場や読書推進施策に関心がある。著作に『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの? マンガアプリ以降のマンガビジネス大転換時代』『ウェブ小説の衝撃』など。出版業界紙「新文化」にて「子どもの本が売れる理由 知られざるFACT」(https://www.shinbunka.co.jp/rensai/kodomonohonlog.htm)、小説誌「小説すばる」にウェブ小説時評「書を捨てよ、ウェブへ出よう」連載中。グロービスMBA。