映画と働く 第9回 ポスターデザイナー:黄海(後編) 自らの作品を解説
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「千と千尋の神隠し」ポスタービジュアル
1本の映画が作られ、長きにわたり作品が残っていく過程には、監督やキャストだけでなくさまざまな業種のプロフェッショナルが関わっている。連載コラム「映画と働く」では、映画業界で働く人に話を聞き、その仕事に懸ける思いやこだわりを紐解いていく。
今回は、日本を飛び出しての海外編として中国のポスターデザイナー黄海に取材を敢行。前編に続く後編では黄海自らが「千と千尋の神隠し」や「パラサイト 半地下の家族」などのポスターに込めた思いを解説してくれた。さらに、処女作から2020年に手がけた作品まで40枚を一挙大公開。彼のこだわりを1枚1枚その目で確かめてほしい。
取材 / 徐昊辰 文・翻訳 / 金子恭未子 題字イラスト / 徳永明子
「千と千尋の神隠し」(2001年 / 監督:宮崎駿)
人によって「千と千尋の神隠し」の理解は異なります。私はこの作品がとても好きですが、ほかの人と作品について話すとき、毎回相手の話す「千と千尋の神隠し」と私が話すそれが別のものだということを発見したんです。宮崎駿さんはこの世界そのものを「千と千尋の神隠し」という物語の中に溶かした。作品の中に詰め込まれたものが膨大すぎるのです。だから誰も同じポイントを見つけられない。
長い間、デザインで描くのをハクにしようか、龍にしようかと考えました。でもどれもしっくりこない。そこで私は、成長していく過程を「千と千尋の神隠し」と定義しました。この作品では神々の物語を通して、リアルな社会を単純化し、表現しています。誰もが自分なりの成長の仕方を見つけるべきだということを、よりわかりやすくシンプルに伝えている。これは宮崎監督の子供の成長に対する優しさだと思っています。ポスターでは千尋が1人で線路の上を歩いていますが、そばには神様がいる。なぜなら彼女の心が美しいからです。自分の中に善良さや無邪気さがあれば、いいものは必ず付いてくるということです。現実社会の中で孤独で、どんなに寂しかったとしても、心に愛と善良さと美しいものを持っていれば、神々はそばで守ってくれる。ハクも、カオナシも、彼女のそばにいる人たちも、みんな彼女の心の中に存在しているんです。
「万引き家族」(2018年 / 監督:是枝裕和)
外国の方は「傘」と言えば雨をしのぐ傘だと考えるかもしれませんが、中国では傘という言葉に保護、シェルターという意味があります。映画の中に登場する家族は一時的な避難所です。そして傘のように脆い。私は樹木希林さん演じる初枝が、「ありがとうございました」とつぶやくシーンにとても感動しました。言葉にはならないけれど、一番言いたいことだったのだと思います。だから初枝の目線でポスターを描きたいと思ったんです。現実は残酷ですが、あの瞬間、彼らは悲しみの中にあって、とても美しかった。残酷で美しいものを通して、観るものに多くのことを考えさせるのがこの映画の魅力です。
私自身このポスターがとても好きです。ある人にデザインの情報量が多すぎないか?と言われたので、私はこれは浮世絵のようなものだと返しました。浮世絵で描かれるのはそこに生きる人々です。彼が情報量が多いと思ったのはこの世界が煩雑だからです。そして情報が多いように見えるのはあくまでも彼の視点からです。初枝さんからは、5人が与えてくれたわずかな幸せが見えているんです。
中国には宮廷画家が描いた作品が残っていますが、彼らは皇族を描いている。ですからそこに多様性を見出すことは難しい。浮世絵と違って、庶民を描いたものは少ないんです。
「SHADOW/影武者」(2018年 / 監督:チャン・イーモウ)
太極拳というのは特殊なものです。太極拳の符号には東洋の古典的哲学が表れている。対立、協調、そして変化。白と黒は対立していますが、同時に回転して溶け合っている。そして白の中には黒、黒の中には白い点があります。人間は本物と偽物の中に真実を露出しています。みんなもう1人の自分がいる。現実には偽りの幻想があり、偽りの中には現実の欲望がある。だから、永遠に争うことになる。物語は結局どうなったか? 真実と偽りの世界、2人の世界をスン・リーだけが唯一目撃しているのです。
「パラサイト 半地下の家族」(2019年 / 監督:ポン・ジュノ)
中国にある「鏡花水月」という成語をモチーフにしています。多くの人が言うように、「パラサイト 半地下の家族」はとても強い力を持つ寓話だと思っているんです。人に警告する役割を果たしている。
ポスターには水面を挟んで2つの景色をデザインしました。陸の上が本物か、水の中が本物かは誰にもわからない。自分では本物だと思っていても、実は幻で、幻想の底にいるかもしれない。これは、ひとつの真実の中にはひとつの嘘があるという中国人の東洋的な考え方に符号します。これは一種の警告なんです。つまり表面的なものに惑わされてはいけない。富の世界に富があると思ってはいけないということです。「パラサイト 半地下の家族」は、人は自分をしっかり認識する必要があり、境界を越えてはいけないということを物語の中で語っていると思います。それぞれの人にはそれぞれの領域がある。しかし自分の能力を超え、一線を越えると制御不能になります。寓話と同じように世の中の人に注意を促しています。
ポスターデザインにおける西洋と東洋の違い
「パラサイト 半地下の家族」は、東洋の映画ですから「鏡花水月」をモチーフにすることができましたが、西洋人にはきっと理解できないでしょう。彼らの考え方がより直感的なものだからです。もちろんこれは悪い意味ではありません。考え方が異なるというだけです。私たちは傘に別の意味を持たせていますが、西洋人にとっては雨から身を守るための道具です。中国人は物に感情を込めることが多いのに対して、西洋人はそういったことは少ない。だから西洋で仕事をするときは、ストレートに表現する必要があります。例えて言うなら西洋の作品を作るときは「1、2」、東洋の場合は「1、2、3」そしてコンマをつけるという感じです。感覚の違いですね。彼らの考え方を尊重するということが大切です。尊重してこそ、新しい作品を生み出すことができますし、彼らとわかりあうことができる。作り手が異文化と交流できないようであれば、生み出した作品もその文化と交流することはできません。
処女作から2020年に手がけた作品まで40枚を一挙大放出
話題作のポスターデザインを数多く手がけてきた黄海。映画ナタリーでは彼の作品を紹介するべく、ページ下部のギャラリーに40枚を掲載した。処女作「陽もまた昇る」や「海獣の子供」「さらば復讐の狼たちよ」「グリーンブック」「犬ヶ島」といった映画だけでなく、映画祭や舞台のポスターなど一挙公開。彼のこだわりを1枚1枚その目で確かめてほしい。
黄海(ホアン・ハイ)
1976年福建省生まれ。厦門大学の美術学部を卒業後、テレビ局に入社し、報道記者に。テレビ局退社後はオグルヴィ・アンド・メイザーでの勤務を経て、遠山広告に加入。そこでポスター第1作となるチアン・ウェン監督の「陽もまた昇る」(原題「太陽照常昇起」)を手がけ、世界中から評価される。その後、独立し自身の会社・竹也文化工作室を創立。