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『この世界の片隅に』が図る“映画版との差別化” 「さようなら広島」の台詞をカットした狙いは?

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リアルサウンド

 片渕須直監督によるアニメ映画版の記録的ヒットもあってか、第1話から上々の滑り出しを見せたTBS系列日曜劇場『この世界の片隅に』。そのアニメ映画版では、様々なエピソードを淡々と積み重ねていくことによってひとつの物語、ひとつのドラマ性が築き上げられていったのだが、それを連続ドラマとして描く上では、やはり各話ごとにある程度の抑揚を生み出すことが必要となってしまうのかもしれない。

 7月22日に放送された第2話では、義姉の径子(尾野真千子)の一声で広島の実家に帰ることとなったすず(松本穂香)が、ひとりで広島の街を歩く場面に、今回のエピソードの幕切れに必要な感情の抑揚が描き出された。産業奨励館のスケッチを描きながらキャラメルを舐めるすずが、子供の頃に同じ場所で人さらいに遭い、その籠の中で出会った少年こそが周作(松坂桃李)であったことを思い出し、何故自分が北條家に嫁ぐことになったのかを理解し、涙を流すのである。

 ところが原作・アニメ版ともにこのシーンでは「さようなら広島」という言葉が登場し、このドラマ版とは少々意味合いの異なるシーンであったことは見逃せない。この言葉は、呉に嫁ぎながらも慣れない暮らしに悩みやストレスを抱えていたすずが、自分は呉の人間になるのだという決意でもあり、偶然にも原爆投下前の広島の街を訪れる最後の瞬間となってしまうというダブルミーニングでもあったのだ。

 先週の回(参考:ドラマ『この世界の片隅に』は作り手の本気度が伝わる圧巻の出来栄え アニメ映画版と明確な違いも)でも触れたように、戦時下の人々の日常的な暮らしを描いた作品であるとはいえ、そこからさらに「戦争」の色を弱め、また現代パートを登場させることによって、漠然とした「過去」という時代のヒューマンドラマにしようとする雰囲気もただよう本作。それだけに、前述のセリフをカットすることで、すずと周作、2人の夫婦の「愛」のドラマを強くさせる狙いが感じられる。

 とはいっても、映画版の製作委員会の名前が「Special Thanks」としてスタッフクレジットに登場していることからもわかる通り、同じ原作を用いたリメイク作品としてではなく、きちんとアニメと実写、映画と連続ドラマ。それぞれの利点を生かしながら、並列の関係を保ちつつ差別化を図ろうとしていることを踏まえると、これもひとつの正解なのだろうと納得せずにはいられない。

 ましてや「戦争」の影は、この物語では絶対に避けては通れないものである。第1話に続いて産業奨励館がしっかりと鎮座している姿が登場する点であったり、すずが第1話でキャラメルを買った駄菓子屋を訪れて再びキャラメルを買うシーンでは、すっかり置かれている商品が少なくなっていたりと、刻一刻と戦火が近付いていることがにおわされる。それに加えて「戦艦大和」の登場もしかりだ。次週では水原(村上虹郎)をはじめとした、他の登場人物たちの物語も描かれ、一気にストーリーが進みそうな予感がするだけに、その描写の仕方に注目しておきたい。(久保田和馬)