『わたし、定時で帰ります。』から学ぶ“逃げるが勝ち”というライフハック 大切なのは対話の積み重ね
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「桜宮さん、腕あるよ。だから、自分を大切に、仕事しよ」
参考:『わたし、定時で帰ります。』“バランサー型”ヒロイン像が新鮮! 従来のお仕事ドラマとの違い
良かれと思って取り組んで来たはずなのに、気づいたら、苦しい、悔しい状況に自分を追い込んでいることもある。『わたし、定時で帰ります。』(TBS系)第5話は、今もその線引に大きな議論を呼んでいる“ハラスメント“がテーマ。
派遣デザイナーの桜宮(清水くるみ)は、いつもニコニコと人当たりがよく、空気を読んで動くのに長けている。それを「便利だ」と利用する大人も少なくない。だが、桜宮もまだまだ自信のないスキルを、コミュニケーションでカバーできればと、そんな相手の下心を利用していけばいいのだと思っていた。
最初は、楽しく飲むだけだった。だが、その要求は次第にエスカレートしていく。ノリはどんどん激しくなり、こちらの予定はお構いなしの緊急の呼び出しも増えていく。そして極めつけは露出の高いランニングウェア。
明確な言葉にはなっていないが、ここで着用しなければ次の仕事で面倒なことになるのは目に見えている。そこで、桜宮も気づくのだ。相手にリスペクトのないコミュニケーションは、お互いに利益を享受する関係ではなく、搾取が進むだけなのだと。
「仕事相手として見てないよね。そんなの嫌だよ、私は」。取引先にいいように連れ回されている桜宮を見て、主人公・東山結衣(吉高由里子)は憤る。そして、問題の取引先と真っ向勝負を挑むのだった。
一方で、そんな結衣の主張を貫くために根回しをする種田晃太郎(向井理)。まずは、取引を解消してもいいか、上層部に現状を報告の上、相談。そして、結衣に思っていたことをすべて吐き出させ、イライラした相手から契約破棄の言葉を引き出す作戦に出る。
吉高と向井のヘタな演技をしている演技のうまさもアッパレだったが、なによりもこの解決方法はとてもリアルで秀逸だ。きっと、これまでのドラマであれば、結衣が愁(桜田通)に依頼していた、数々のパワハラやセクハラの情報を握り、それを突きつけて「参りました」となったはず。
しかし『わたし、定時で帰ります。』では、そんなドラマチックなスッキリ展開はない。異なる価値観でマウンティングしてくる組織や人とは、真っ向から斬り込んでいっても余計に傷つけられる。であれば、入念な根回しの上で“逃げるが勝ち“。そんな活きたライフハックを見たような気分になった。
残念ながら、ハラスメントを根絶やしにすることはできないだろう。イジメがなくならないのと同じように、ズルい部分にぐいぐいと入り込んでくる人はいるのだ。それを「許せない」と憤る人がいれば、「なぜそれがダメなのか」という人もいるということ。どちらが「悪」かは、その人によって異なる。そぐわない価値観に出会ったとき、「それは悪だ」と打ち負かそうとしては、永遠に戦いは終わらない。
自分にとって、良くも悪くもいろいろな考え方があるのを知るということ。それが、多様性のある社会の第一歩。そして、様々な考え方があるからこそ、今目の前の耐えられない価値観に苦しみ続けることもないのだ。
「自分が我慢すればいい」という一択しか見えてない人に「次、行きましょう」と、別の道があることを示すだけでも、それは十分な救いになる。いや、それ以上のことはできない。結局、その道を選ぶかどうかは相手次第なのだから。
社会に生きていれば、どうしても異なる価値観を持つ人と接しなければならない。それでも同じ環境で生き、関わり続けていきたいのであれば、相手の価値観を知るところから始めるしかないのだ。「大切にされたい」というのは、どんなに価値観が異なっても、変わらない人間の欲求。そして、相手を大切にする最も身近な方法のひとつが対話だ。
しかし、ドラマの中では「何を話していいかわからない」からプライベートな情報を追求して、セクハラになってしまうと悩む場面もあった。その場合には、相手の現状を根掘り葉掘り聞くよりも、自分が何を困っているのか話すことから始めてみてはどうだろうか。「これはハラスメントになる?」「僕的にNGですね(笑)」と、ワーキングマザーの賤ヶ岳(内田有紀)と新人社員の来栖(泉澤祐希)が、交わしていたように。
相手を利用できるかどうかを探る会話と、相手を大切にする方法を模索する対話。これを機に、自分は今どんな目的で相手と話しているのかを見つめ直してみるのも、いいかもしれない。いい仕事は、そしていい人生は、きっと対話の積み重ねでできていく。
(文=佐藤結衣)