『さよなら、退屈なレオニー』は新たなティーン像を示す 主人公レオニーの鮮明さが灯す“光”
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不機嫌そうな顔をした少女がスクリーンの前に現れる。その表情が物語るように、レオニー(カレル・トレンブレイ)は高校卒業を目前にして、将来もわからず鬱屈とした日々を送っている。信頼できる実の父は遠くにいてなかなか会えない一方、嫌いな義理の父はラジオのDJをしていてどこにいても彼の存在がつきまとう。そんなある日、ギターを教えて生計を立てているスティーヴ(ピエール=リュック・ブリラント)という年上の男性に出逢い、何をしても続かなかったレオニーがギターを手にしたとき、彼女の中で何かが少しずつ変わっていく……。
参考:『さよなら、退屈なレオニー』には社会へのメタファーも? 主演女優カレル・トレンブレイが語る
本作『さよなら、退屈なレオニー』は、第31回東京国際映画祭では原題をそのまま和訳した『蛍はいなくなった』というタイトルで上映された。そのタイトルが伝える通り、カナダ・ケベックにある海沿いの“蛍のいなくなった町”がこの映画の大切なモチーフになっており、私たちをとびきりのラストへも導いてくれる。レオニーは友達がいないわけでもいじめられているわけでもないが、授業のシーンでは自分だけが手を挙げず、なぜ発言しないのか教師から問いただされることからもわかるように、周りからはみ出しているような疎外感を人知れず感じている。もちろんそれは学校だけではなく、いけ好かない義理の父と口うるさい母がいる家でも同じだ。一方で、そんな中出逢ったスティーヴは地下室に暮らしている。そんな住居環境が示唆するように、彼もまたある種孤立して生きており、孤独な魂が引かれ合うようにして二人は不思議な関係を築いていく。
青春時代は、いつだって理由のわからないいらだちに悩まされ、漠然とした将来の不安にさいなまれる。「ここではないどこかへ」と思っていても、実際に行動には移せず前には進めない。昨今では、恋やスポーツに夢中な輝かしいティーンを描いたキラキラ映画ではなく、そんなぶっきらぼうでくすぶるティーンたちを描いた等身大の青春映画が人気を博している。本作もまたそんな潮流の中に位置する作品であり、レオニーは決して媚びることなく新たなティーン像を私たちに見せてくれる。
映画の冒頭、17歳の誕生日を祝うディナーでレオニーは大人たちから将来について聞かれると、「誰も将来についてなんて考えてない」と言い放つ。夢がないとは言いながらも得体の知れない自信に満ちたその態度は、『レディ・バード』(2017年)のレディ・バード(シアーシャ・ローナン)にも通ずるところがある。また、幼い子供にとって、家や両親との関係性は避けては通れない大きな問題となる。レオニーと同じく離婚した父と離れて暮らす少女を描いた『マチルド、翼を広げ』(2017年)のマチルド(リュス・ロドリゲス)もまたそうであった。しかし、母との対立や和解が大きな主題となっていた同作とは異なり、本作はもっぱら母ではなく父との関係に関心が向けられている。スティーヴとの関係性は、だからこそここでは恋愛の対象ではなく、代理父的な存在と解釈することも可能だろう。穏やかで柔和なスティーヴは、対照的な二人の父の中立的な“第三の父”でもあり、彼女にとってこの三人の父の存在は大きな意味を持っている。
父が重要な役割を担っているという点では、日本でも9月に公開されることとなった青春映画『エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ』(2018年)がほど近い。SNSに依存気味で現実の学校生活がうまくいかないケイラ(エルシー・フィッシャー)と、彼女を大切に思う父との対話は同作の見せ場の一つになっている。あるいは、同じく父が最大の理解者だった17歳を描いた『スウィート17モンスター』(2016年)も思い出される。ネイディーン(ヘイリー・スタインフェルド)は、優秀な兄がコンプレックスで、妄想と自己嫌悪の激しい女の子だが、それでも自分だけが不幸じゃないことを知ることで、世界を少しずつ許していく。彼女たちはそれぞれに世界に対して怒りや哀しみを抱え、それぞれの方法で闘い、折り合いをつけて大人へとなっていく。
本作は多くの青春映画とは異なり、プロムにも行かなければ大きな非行にも走らず、初体験もしない。レオニーは派手な経験や大きな失敗では人生を学ばない。彼女の大きな魅力は、そんな聡明さにもある。ラインカーで真っ直ぐに線を引けるようになることや、ギターのコードを覚えながら一つずつ新しい音を知っていくこと、父との対話を通して自分自身を知っていくこと、そんな日常のささやかで丁寧な出来事の一つ一つが彼女を押し進める契機となる。二度繰り返されるバスに乗り込むシーンが予期させる、彼女の旅立ちを経た詩情豊かなラストシーンは、多くの人の心を揺さぶるだろう。誰かが勇気を出し一歩踏み出せば、その軌跡にはたしかに光が宿り、また誰かの心に光が宿る。そんな風にしてこの映画は、劇場を出たあとの私たちの心に光を灯してくれる。(児玉美月)