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古今東西、興味のおもむくままに
藤原えりみ
美術ジャーナリスト
燃ゆる女の肖像
20/12/4(金)
TOHOシネマズ シャンテ
女性画家はいつごろから存在したのだろう? 調べてみると、文献記録は古代ギリシャ時代にまで遡る。中世では装飾写本の挿絵を描く修道女。そしてルネサンス以降は、イタリア出身のソフォニスバ・アングイソッラやアルテミシア・ジェンテレスキ等々、職業画家女性たちが次々と登場する。とはいえ制約は多かった。女性には教育機関であるアカデミーの美術学校への入学も、人体の造形的把握に必要な男性ヌードのデッサンも許されなかった。 時はフランス革命前、この物語の主人公マリアンヌも画家である父親の手ほどきを受けて職業画家となった女性だ。彼女はある伯爵夫人から娘の肖像画の依頼を受け、ブルターニュ地方の小島に向かう。そして女子修道院から戻って間もないエロイーズと出会う。当時、上流階級や裕福な市民の娘は適齢期になるまで修道院で過ごす習慣があった。彼女たちにはそのまま修道女になるか、結婚するかの二択しか許されなかった時代の物語である。 定められた結婚を受け入れられず自殺した姉に代わり、エロイーズは母の出身地であるミラノへと嫁ぐことが決まっていた。未知の都市、未知の男性、未知の生活。不安と怒りにさいなまれるエロイーズはマリアンヌに心を開こうとしない。だが音楽や文学について語り合うちに、互いに対する恋愛感情が芽生えていく。重要な役割を担うのは、ヴィヴァルディの「四季」と古代ギリシャの「オルフェウスとエウリュディケ」の物語。そして吹きすさぶ風と荒涼たる海景を背景に、2人の愛は深まっていく。映像の美しさと削ぎ落とされた会話の妙。ラストシーンでは禁じられた恋を胸に秘めたまま別れざるを得なかった2人の「再開」が描かれる。2人の心の痛みと愛の記憶の喜びが一気に湧き上がる。その切なさときたら。これも「愛」の形の1つなのだとしみじみ思う。
20/12/9(水)