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時代と向き合う映画を鋭い視点で紹介

佐々木 俊尚

フリージャーナリスト、作家

モーリタニアン 黒塗りの記録

秩序正しく平和な日本に住んでいると想像もつかないが、世界には“法律の及ばない場所”というものがある。アメリカ政府のグアンタナモ収容所がそのひとつ。ずっと国交のなかったキューバの海岸の一角にあることだけでも驚きだが(キューバ革命前にアメリカが永久租借したからだ)、アメリカ本土ではないのでアメリカの法律が適用されない。アメリカ軍が管理しているので、軍法だけがこの収容所の唯一の法である。 だからグアンタナモ収容所には、なんの根拠もなく世界各地から強制連行されてきた人たちがたくさん押し込められている。ひどい虐待や拷問も日常的に行われ、これまでも何度となく問題になっている。それでもこの収容所はなくならない。撤退しつつあると言われながらも“世界の警察”を続けているアメリカにとって、とても便利な警察署の留置場みたいなものだからだ。 ここに9.11同時多発テロの首謀者のひとりとしてモーリタニアから連行されてきた男性と、「彼を死刑判決にせよ」と上官から命じられ検察官の役割を果たす軍人、そして男性を救おうとする女性弁護士の3人。ほとんどこの3人だけで物語はまわっていく。そしてタハール・ラヒムとベネディクト・カンバーバッチ、ジョディ・フォスター演じる3人の演技が重く密度が濃く、それぞれの葛藤と人間としての威厳もまざまざと伝わってきて圧巻。 実話を原作にしており、静かだけれども異様なほどの熱量とともに物語は進んでいく。「見ごたえ」という言葉がこれほど似合う映画もないだろう。

21/10/7(木)

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