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春日 太一

映画史・時代劇研究家

スティルウォーター

よくある“娘を救うために闘う父親”映画と思って接すると痛い目に遭う。本作は優れた社会派ドラマであり、練られたホームドラマだ。 留学先のマルセイユで殺人罪により娘が収監された。無実を訴える娘からの手紙を受け、父親のビルはそれを救うべくオクラホマから渡仏する。 前半は言葉の通じない異国での四苦八苦を交えつつ、必死に真相を探ろうとするビルの姿がサスペンスフルに描かれていく。ビルを演じるマット・デイモンの無教養で保守的な中年ぶりが実にリアルで、一気に引き込まれる。 が、本作が凄いのは後半。雰囲気が一転する。 描かれているのは、ふとしたことで知り合いビルに協力するようになった母子との交流や、仮出所した娘との距離が近づいていく様。しかも、かなりほのぼのとしたタッチだったりする。思想や出自の違いを超えて人々が通じ合う姿がマルセイユの雑然とした光景に溶け合い、実に美しい。 そこで油断していると、さらに終盤にもうひとつの思わぬ展開が待ち受けている。 我が子や家族のためなら全てを投げ出して闘う。時には手段も選ばない。……そんな、多くのアメリカ映画で“当然の正義”とされてきた価値観が、苦い皮肉として突きつけられることになるのだ。それは、後半で描かれてきた“融和”とあまりに相反するものだった。 観終えてかなり重い余韻が残るが、それだけ濃厚な見応えがある。

22/1/13(木)

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