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文学、ジャズ…知的映画セレクション

高崎 俊夫

フリー編集者、映画評論家

たぶん悪魔が

ロベール・ブレッソン監督『たぶん悪魔が』『湖のランスロ』ー3/11から日本初劇場公開 ロベール・ブレッソンは自らの作品を「シネマトグラフ」と称し、素人を起用して、映像を彫琢するような禁欲的で厳格な作風で世界にも類例のない独自のスタイルを確立した。  とりわけ『抵抗(レジスタンス)-死刑囚の手記』(56) や『スリ』(59) はモノクロ映像の審美性を極限まで追求した最上の精華といえよう。 今回、初めて劇場公開される二本の映画は、ブレッソンの後期に当たる、1970年代に撮られたカラー作品のデジタルリマスター版である。 『たぶん悪魔が』(77) は、パリを舞台に自殺願望にとりつかれた青年シャルルを中心に、環境破壊問題が浮上した当時の時代相を、ブレッソン特有の峻厳で内省的な語り口で描いている。むろん、ブレッソンには<社会派>のフィルムメイカーのような強張った問題意識などは欠片もない。ただ、沈鬱でひたすら内攻する青春群像を見つめるだけであり、その救い難いまでに残酷で冷徹な眼差しは、むしろ、ブレッソンに最も深い影響を受けた夭折の映画作家ジャン・ユスターシュの『ママと娼婦』(73) を想起させるほどだ。 『湖のランスロ』は、有名なアーサー王伝説に登場する円卓の騎士ランスロと王妃グニエーヴルの不義の恋をモチーフに、騎士道精神なるものの虚ろな内実を、怜悧な視点で浮き彫りにしている。冒頭から、騎士たちの戦闘シーンが淡々とハードボイルドタッチで描かれるが、なによりも耳をつんざくような甲冑が激しくぶつかり合い、こすれ合う<音>に度肝を抜かれる。この<音>が見終わっても消え去ることがない。 ロベール・ブレッソンは、かつての『ジャンヌ・ダルク裁判』(62) でジャンヌ・ダルクの末期をドキュメンタルなタッチで描いたように、ここでも、なまなかな感情移入を一切、拒み、歴史上の伝説的な存在を虚飾を剥いだ視点でみつめているのだ。

22/3/6(日)

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