水先案内人のおすすめ

評論家や専門家等、エンタメの目利き&ツウが
いまみるべき1本を毎日お届け!

注目されにくい小品佳作や、インディーズも

吉田 伊知郎

1978年生まれ 映画評論家

本宮映画劇場presents六邦映画6つの桃色秘宝〈レイトショー〉

『スケコマシの掟 “SEX”放浪記』(3/12〜16) ラピュタ阿佐ヶ谷「本宮映画劇場presents六邦映画6つの桃色秘宝」(3/12〜4/10)で上映。 映画館にフィルムが残されている――当たり前のようで、奇跡のような話だ。年季の入った映画館から、かつて上映した映画のポスターやスチールが出没することはあっても、上映したフィルムは残っていない。配給会社から提供されたフィルムは上映期間が終われば返却され、また日本のどこかの映画館に送られるからだ。やがてボロボロになって退色したフィルムは役目を終えてジャンクされる。フィルムにとって映画館は停留所にすぎない。 ところが、福島県の本宮映画劇場には何本ものフィルムが終の棲家となって残されている。その理由は、昨年上梓された『場末のシネマパラダイス 本宮映画劇場』(田村優子・著/筑摩書房)に書かれているので、気になる方は読んでもらいたい。配信で縦横無尽に新作も旧作も観ることが出来るようになると忘れられがちだが、映画史は映画館の歴史と共にあることを実感させてくれる好著である。 さて、その本宮映画劇場presentsで、ラピュタ阿佐ヶ谷では「六邦映画6つの桃色秘宝」という特集が始まっている。〈六邦映画〉とは、かつて存在した成人映画の製作・配給を行っていた会社で、1960年代半ばから70年代前半にかけて、若松孝二をはじめとするピンク映画の名だたる監督たちの作品も数多く配給してきた。とはいえ、表向きの日本映画史からは一顧だにされてこなかった会社だけに、六邦映画の特集上映というのは空前であり、フィルムを保存してきた本宮映画劇場なくして成り立たない特集である。しかも感嘆するのは、フィルムの保存状態の良さ。いかにフィルムをきちんとメンテナンスしてきたかがうかがえるというものだ。 1本目の上映作『スケコマシの掟 “SEX”放浪記』(1973年)は、大久保清がモデルかと思わせるスケコマシ(女たらし)の犯罪と遍歴を、職人的技工を凝らした演出で見せる快作だ(監督の小川卓寛は小川欽也の別名)。 田舎で実直に働く浩一(山本昌平)は好意を寄せていた久美(谷ナオミ)に結婚を申し込むが、低学歴を理由に一笑に付される。自暴自棄となって都会へ飛び出し、次々に女性へ声をかけては車で誘い出し、暴行を加える。やがて、資産家の人妻となった久美と偶然再会する……。 悪役の印象が強い山本昌平だが、『濡れ牡丹 五悪人暴行篇』(1970年)をはじめ、ピンク映画でのニヒルな存在感は突出するものがあり、本作でも強面ながら、柔らかさも併せ持つ奥行きのある演技で飽きさせない。冒頭の山中へのドライブに若い女性(青山美沙)を同伴させ、ひとけの無い川のほとりで強姦に及んだところ、誤って殺してしまった後の動揺ぶりなど、山本の一人芝居に見入ってしまう。 殺人の後も人妻(青山リマ)、教師(島江梨子)、女工(森村由加)らを次々に誘い出す山本だが、繰り返しになりがちなこうした描写を、無駄のない演出で鮮やかに見せていく。一方、田舎でのトラウマから女嫌いと称してゲイの男(北村淳=後に監督になる新田栄)と同棲し、ヒモ暮らしを送る山本の日常も丁寧に描かれており、同時代の『セックスドキュメント 性倒錯の世界』(1971年)などと比べても、同性愛者への眼差しに揶揄がほとんど見られない点が興味深い。それどころか、終盤にかけての展開は、このゲイの存在によって見事なメロドラマを形成するのだから、映画としては多少の瑕瑾はあれども、意外な見応えのある作品と出会えた歓びが上回る。こうした未知の映画との発見をもたらす画期的な特集上映にぜひ足を運んでほしい。

22/3/15(火)

アプリで読む