Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

水先案内人のおすすめ

評論家や専門家等、エンタメの目利き&ツウが
いまみるべき1本を毎日お届け!

政治からアイドルまで…切り口が独創的

中川 右介

作家、編集者

チェルノブイリ1986

ロシアのウクライナへの軍事侵攻で、チェルノブイリが改めて注目された。そんなことを予想もしていない時期に製作された映画だ。 ロシア映画というだけで敬遠されるかもしれないが、観て損はない。チェルノブイリ原発が題材で、事故の経緯は事実に基づいているが、主人公は架空の人物。 消防士の男性と理容師の女性が主人公。ふたりは付き合っていたが別れ、10年ぶりに偶然、再会する。女性は、男性に黙って彼の子を産んでいた。それを知って男性はよりを戻そうとするが、女性は拒絶する──という、当事者にとっては切実だが、平穏な日常の物語が最初の30分。どことなく、ハリウッド映画的な軽さで進む。 その日常が、突然、原発の事故によって断ち切られる。 消防士がクルマで現場へ向かう途中、鳥が落ちてきてフロントガラスに激突する。鳥たちは急性被爆で飛びながら死んでしまったのだ。これだけで危険な事態になったと瞬時に分かる演出が、うまい。 すでに東電・福島第一原発の事故を知っているので、どうしても比較してしまう。 福島第一原発と異なり、チェルノブイリは最初に爆発したので、発電所内のあちこちで火災が発生した。消火に出動した消防士たちが急性被爆で倒れていく。顔が焼けただれ、嘔吐、出血と、目を背けたくなる描写が続く。「放射線を浴びて、5分で死ぬ人もいれば、5時間浴びても無事な人もいる」という医師の言葉が突き刺さる。 福島第一原発の場合、冷却用の水がなくなりそうになり、どうにかして水を入れようと必死の作業がなされた。チェルノブイリでは原子炉の下にプールがあり、その水の中に高温の燃料が落ちたら水蒸気爆発をして、建屋もすべて吹っ飛び、放射能がヨーロッパ中に拡散されてしまうという危機があった。そこで、排水のために決死隊が潜ることになる。 この決死隊、軍隊は命令で行くのだが、消防士や原発の職員などには、国も命令できないので、報奨金、モスクワへの居住権、被爆した場合はスイスで高度医療の施設で治療できる(ソ連国内ではできない)などの条件が提示される。これがリアルだ。後半はこの作戦が描かれる。 チェルノブイリ原発と同じ設計図で建てられた原発が、クルスクで現在も稼働中で、そこで撮影されたというだけあって、再現度がすごい。 主人公たちの男女のドラマも付け足し的ではなく、しっかりと描かれている。 ソ連という社会システムへの疑問も投げかけられ、「システムは、放射線と同じように、目に見えないが、確実に存在する」というセリフがずしりとくる。

22/3/26(土)

アプリで読む