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歌舞伎、文楽…伝統芸能はカッコいい!
五十川 晶子
フリー編集者、ライター
歌舞伎座四月大歌舞伎
22/4/2(土)~22/4/27(水)
歌舞伎座
『天一坊大岡政談』 享保年間というからまさに徳川吉宗の時代に起きた事件を基に、人気講談師の初代神田伯山が読物(講談)にした。伯山はこれで大儲けし、蔵を建てたというほど受けたらしい。明治8年に河竹黙阿弥が芝居に仕組んだのがこの『天一坊大岡政談』だ。 修行中の若い坊主の法澤は、顔見知りの婆のお三から「孫が吉宗のご落胤」という話を聞いてしまう。法澤の脳裏には、自分がそのご落胤になりすまそうという企み事が。ついにお三を殺して証拠の品を盗み、関白家の知恵者山内伊賀亮を味方に引き入れて、将軍のいる江戸へと乗り込んでいく。偽物とにらんだのは名奉行の大岡越前守。しかし老中たちは天一坊がご落胤に相違ないと判定する。再吟味を要望するが越前守は閉門という羽目に。知恵を働かせてなんとか水戸公を訪ね助力を乞う。しかし再吟味の場においても、伊賀亮の巧みな弁舌になかなか偽物であると切り崩せない。ついに責任をとり、一家で切腹を決意する越前守。ところがそこへ天一坊に関する新たな知らせが文字通り飛び込んできて……。 物語がスピーディ、かつスリリングに展開していき、登場人物たちのキャラクターも粒立っていて飽きさせない。中でも伊賀亮と天一坊、越前守と伊賀亮、そして越前守と天一坊、それぞれの丁々発止のやりとりはどれも見どころだ。耳で聞いて場面を鮮やかに想像する講談とはまた違い、俳優達の発するエネルギーが真正面からぶつかり合うのは歌舞伎ならでは。 伊賀亮を相手に、天一坊があえて自分は偽物と明かして居直るところは、まるで伊賀亮を篭絡しているかのようでドキドキする。また「網代問答」と呼ばれる越前守と伊賀亮の激しい問答は、『勧進帳』を思わせるような激しさ。大詰、ついに天一坊の素性が露わになり、「八代将軍吉宗公のご落胤と俺が見えるか」で砕けて悪へと切り替わる場面も鮮やかで弁天小僧の見顕しのよう。越前守を尾上松緑、伊賀亮を片岡愛之助、天一坊を市川猿之助がつとめる。 ちなみに江戸末期に黙阿弥が書き下ろした『吾嬬下五十三驛』は、まだ幕府からの制約がある時代だったため、吉宗を源頼朝に、天一坊を天日坊に、時代も入れ替えて書いている。2月の渋谷・コクーン歌舞伎『天日坊』のベースはこちらのバージョンだ。
22/3/23(水)