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注目されにくい小品佳作や、インディーズも

吉田 伊知郎

1978年生まれ 映画評論家

劇場版 おうちでキャノンボール2020

8年前に劇場公開されたカンパニー松尾監督の『劇場版テレクラキャノンボール2013』を覚えているだろうか。知る人ぞ知る人気AVシリーズの最新作を、劇場版に再編集して上映されたものだ。 これが時宜を得たというか、SNS時代の口コミ効果の大きさもあって意外なまでのヒットとなった。遂には『めちゃイケ』でパロディ企画までが堂々と放送されてしまうほどの余波を巻き起こした。さらに『劇場版 BiSキャノンボール 2014』『劇場版アイドルキャノンボール2017』といった番外編も生まれ、多ジャンルに応用可能なフォーマットであることを示した。 一方で『テレキャノ』は、元が男性ユーザーに特化したAV企画だけに、従来からのファンを主観客に想定していた限定上映から拡大を続ければ、当然のことながら様々な属性の観客が目にするだけに、その反応は複雑化する(そのあたりは、女性側の視点から批判する湯山玲子と松尾の対談『「劇場版テレクラキャノンボール2013」が教えてくれる男と女とその時代』に詳しい)。 さて、2022年にシリーズの最新作となる『劇場版 おうちでキャノンボール2020』が上映される。今回は新型コロナウィルスによる緊急事態宣言が発令された2020年5月の2日間が舞台である。もともとこの時期に続編を作るとカンパニー松尾監督は以前より公言していたが、オリンピックが延期となり、社会全般が──もちろんAVの撮影もストップした時期だけに中止のつもりでいたところ、松尾はあえて不自由さをまとって撮影を決行する。 と言っても、参加者は一切顔を合わせることなくオンライン上で対話し、ナンパ合戦(今回からはジェンダーレスとなった)を繰り広げる基本的なルールは同じだが、今回はそれもオンラインで行う。アポイントが取れて会うにしても、1.8メートルのソーシャルディスタンスは終始一貫して保たねばならない。また撮影にあたっては、公開や配信で顔が出ることも了承を取り、撮影後にやっぱり止めますと言われれば当然受け入れることになる。こうした交渉も対面ではなくオンラインで行われるだけに、映画の流れは颯爽とはいかない。前半は、オンライン会議を行う画面が延々と続き、絵変わりしないので単調にならざるを得ないが(それを踏まえた対策が微苦笑を誘う)、作品にとってはマイナスに思える状況も全て受け入れることで、2020年にしか撮れない『テレキャノ』が動き出す。 そこから、どんな出逢いがあり、どんな人たちが登場するかは実際に観てもらうとして、社会が停止したことによる不安を抱えるのは被写体だけでなく、AVを生業とする撮影者側も同じ状況にある中で、非接触によって作品が成立させられるかという難題が立ちはだかる。作品としての面白さを優先するなら、欲望が優先された結果、非接触を破るような展開が見たくなるが、元来『テレキャノ』は厳密なルールを制定して運営されていたのだから、1.8メートルの距離もゲームの規則として解釈すれば、とたんに面白くなる。その距離をどう見せるかも、参加者たちに任されており、味も素っ気もない方法を取る者もいれば、北野武の『Dolls』を思わせる映像的効果を意識して距離を表現する者もいる。2022年3月にそれを見れば、何とも滑稽に思えるが、2年前は誰もがこうしたルールを厳守しようとしていたことを思い返せば、なぜこの時期に撮り、今公開されるのかという理由も見えてくる。 ルールと言えば、本作は映倫の審査を経て公開されており、この規模の1週間限定上映の作品は、映倫を通さないことも少なくないので意外に思えたが、AVとして撮られたものをあえて劇場公開するという方法を選ぶからには、商業映画のゲームの規則に乗ることを選択したようだ。ちなみに本作へ映倫が下したレーティングは、R15+(15 歳未満は観覧禁止)である。 こうして手元に作品を成立させるにはマイナスとなるカードをかき集めたカンパニー松尾は、参加者たちと共に人の気配が消えた東京を疾走する。ヤケ糞なのかと思いそうになるが、制約が多ければ多いほど切れ味が増していくのが恐ろしいところで、2年前、雨後の筍のように作られた〈リモート映画〉や、緊急事態宣言下の状況をテーマにした映画たちを蹴散らす真打ちというべき秀作の登場である。

22/3/31(木)

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