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古今東西、興味のおもむくままに

藤原えりみ

美術ジャーナリスト

見えるもの、その先に ヒルマ・アフ・クリントの世界

抽象絵画の創始者といわれるワシリー・カンディンスキーよりも早く抽象絵画を描いていた画家がいた!? その名はヒルマ・アフ・クリント(1862年〜1944年)。スウェーデン生まれの彼女の存在が知られるようになるのは、彼女の死後40年以上も経った1986年以降のこと。その謎を掘り下げるドキュメンタリー映画が公開される。 抽象絵画はカンディンスキーの《コンポジションIV》(1913年)に始まり、ロシア・アヴァンギャルドの画家カジミール・マレーヴィチ(1915年)とオランダの画家ピエト・モンドリアン(1921年)によって純粋な幾何学的形態による無対象絵画へと至る。西洋近代絵画史ではこれが定説となってきた。だが、ヒルマはすでに1906年に、円や三角形などの幾何学的形態と闊達な線とで構成された抽象画シリーズを手がけていた。 一般的にはあまり知られていないだろうが、抽象絵画の誕生には当時流行していた心霊主義や神秘思想が深く関わっている。ヒルマだけではなく、カンディンスキーもマレーヴィチもモンドリアンも、神智学を経て人智学を提唱したルドルフ・シュタイナーから多大な影響を受けていた。抽象絵画は、神秘主義的なヴィジョンを支えに「見える世界の再現」ではなく「見えない世界の根源」をたどる試みであり、物質的な世界を超える魂や精神のあり方、宇宙の根源を形成する原初的な秩序を求める時代の動向から生まれたものなのだ。 では抽象画の先駆者としての彼女の名がこれまで語られてこなかったのはなぜなのだろうか。数少ない生前の展示は神智学関係のイベントに合わせる形で行われ、ごく限られた人々しか作品を見ることはできなかったようだ(しかもシュタイナーを含め、人々の多くは彼女の創造世界を理解できなかったらしい)。さらに自らの死後20年間作品を公表してはならないという彼女の遺書の存在も大きいだろう。だが、死後20年を経てもなお彼女の作品は長い間、美術界および美術史の埒外に置かれ続けてきた。その理由は......。美術界における女性差別とジェンダー・ギャップにあると、本作に登場する人々は語る。 美術館学芸員、美術史家、美術批評家、アーティスト、科学史家、コレクター、そしてヒルマが全ての作品と研究ノートを託した彼女の甥の息子夫妻が、神秘主義への傾倒を深める彼女の生き方と優れた写実的描写力を封印して抽象画へと転換していくプロセスを解き明かしていく。ヒルマは、植物や空や雲、そして身近な水辺や自然の観察を通して、五感では感知できない宇宙の真髄を捉えようとしていたのではないか。鮮やかな色彩と軽やかに舞う線は留まることなく変化し続ける宇宙のリズムそのもの。彼女の声が聞こえてきそうだ。人の世がどれほど権力欲と物質文明にまみれていようとも、それでも「宇宙の秩序とつながるこの世界は美しい!」。創造の営みを通して「目に祝福を心に喜びを」と。

22/4/4(月)

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