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歌舞伎、文楽…伝統芸能はカッコいい!
五十川 晶子
フリー編集者、ライター
歌舞伎座 團菊祭五月大歌舞伎
22/5/2(月)~22/5/27(金)
歌舞伎座
第三部『弁天娘女男白浪』 正式には『青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)』いう長編の狂言で、『白浪五人男』とも呼ばれる。中でも弁天小僧菊之助が主役の場面を『弁天娘女男白浪』として、「浜松屋」から「勢揃い」まで上演されることが多い。前半の「浜松屋」ではその五人のうち、主に弁天小僧と南郷力丸が活躍するのだが、番頭や手代など脇を固める人々も、当然ながらこの一幕の出来を左右する大事な役割を担っている。 まず幕が開くと狼の悪次郎がやってくる。彼は先に注文しておいた小袖ができたかどうか尋ねにやってきたのだ。この小袖とは実は後の「勢ぞろい」で五人男が着ているあの派手な衣裳のこと。冒頭から聞き逃せないところだ。この悪次郎はそう尋ねながら、浜松屋の中をきょろきょろと見廻し何かの下見をしているかのよう。 (実は日本駄右衛門の手下だが、後に彼らを裏切る) ややあって大家のお嬢様然とした弁天小僧菊之助と、それに付き従う若徒の南郷力丸が浜松屋へやってくる。それを番頭と手代たちが賑やかに出迎える。 番頭が丁稚にお茶を持って来いといい、丁稚が「おは~~~い~~」と長~~く返事をしながらお茶を二人に出す。南郷から反物などの注文が出ると、この番頭が「$%&$%$&$%%@*、持て来いよ~~」を手代たちに言いつけるところでまず笑いがくる。何を言っているかまるで分らない。だが手代たちはいつものことなのだろう、特に迷いなく「は~~~~~い」と注文の品々を取りに奥へと引っ込んでいく。 その後はご存じお楽しみコーナー。番頭が「お嬢様が贔屓にしている役者を当ててみます」といい、弁天を今勤めている俳優名を挙げる。今月なら尾上右近だ。そのご本人から「あのような役者はだーい嫌いじゃわいなあ」と否定されて笑いが起きる。番頭はくじけず次々と何人か挙げるが全否定。最後に挙げるのが目の前で南郷を勤めている俳優名。今月は坂東巳之助だ。なんとこれがご名答、お嬢様は「おいのう」と恥ずかし気に扇子で顔を隠すのに、南郷自身が「お嬢様はお好きでも拙者はだーい嫌いじゃ」というのがお約束。 手代たちがお嬢様ご注文の品を次々と見せて品定めしてもらう。ところがお嬢様は持参していた緋鹿子をそれらの品々にいったん紛れ込ませ、あたかも万引きしたかのように再びススッと懐へ入れる。 これを見ていた手代の一人が番頭へご注進(『勧進帳』の番卒と富樫を思い起こす)。あわてて品々をサーッと引っ込める手代たち。その場の空気もサーッと変わる。そして番頭はお嬢様と若徒を「ちょっとお待ちなすってくださいまし」と呼び止める。 番頭を先頭にずらりと手代たちが並び、玄関には立ちふさがるように、店の用心棒の鳶頭の清次が現れ、「文金島田のお嬢さんが万引きするとは気が付かねえねえ」と言い放つ。文金島田とは武家の娘に使う鬘なので、身持ちの堅い家のお嬢様が万引きとはねえ、ということだ。ちなみにこの弁天小僧の鬘は音羽屋系の俳優が勤めるときは文金、成田屋系は結綿だそうだ。 さて番頭や手代たちがよってたかってお嬢様をとり囲み、番頭はそろばんをお嬢様の額に叩きつける。ここで同時に後見たちが出てきて、手代たちが壁となり隠している間に、お嬢様の鬘を、髪や飾りが乱れ額に傷のついたやや小ぶりの鬘に掛け替えるらしい。後に引っ込むとき手拭で頬被りするのに形が良くなるためだという。 ところがその緋鹿子が万引きされたものではないとわかり愕然とする番頭たち。この屋の跡取り息子の宗之助や主の浜松屋幸兵衛も出てきて番頭たちの不調法を平に謝る。お嬢様の額には生々しい傷跡が。 浜松屋から金百両をせしめて帰るところで、奥から出てきた日本駄右衛門に二人は呼び止められてしまう。身バレするお嬢様、実は弁天小僧。ここで弁天小僧の鬘からくす玉の簪がハタリと落ちる。この簪は通常は頭の右側に挿すが、ここでは左側に挿しておき、男と見顕され顔を上げたはずみで抜けるようになっているのだ。 「ばれちゃあしかたがない」と開き直る二人に、昼日中からこの世ならぬものでも目撃してしまったかのような、番頭初め浜松屋の人々のフリーズ状態が面白い。 先ほどよりも一層長く「おは~~~い」と言いながら丁稚の三吉が再び茶を持ってくる。立ったまま出すので、南郷から「立ったまま出すもんじゃねえ」と行儀を言われるので客席はどっと湧く。当の本人は強請たかりの真っ最中だというのに。 番頭はこの事態にまるで納得のいかない風情で最後まで二人にたてつく。二人がやっと出ていく段になっても、止めておけばいいのに「おとといこい!」とつかみかかって、また弁天につきとばされるのだ。今月は「浜松屋」の番頭与九郎を市村橘太郎が勤める。いまやこの狂言の番頭といえばこの人だ。 五人男の男ぶりに見惚れると同時に、ぜひ浜松屋の人々にも注目してみてほしい。
22/4/22(金)