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植草 信和
フリー編集者(元キネマ旬報編集長)
《窓際のスパイ》
『窓際のスパイ』(Apple TV+で4月1日より配信中) 後発ながら、『マクベス』『グレイハウンド』『ファウンデーション』など質の高い作品を配信し続けているApple TV+から、またまた見応えある作品が生まれた。 そのタイトルは『窓際のスパイ』(原題:Slow Horses)。原作はミック・ヘロンの「英国スパイ小説の伝統を継ぐ」と高評価の同名の新シリーズ。主演はジョン・ル・カレ原作のスパイ映画『裏切りのサーカス』(11)、伝記映画『ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男』(17)、デビッド・フィンチャー監督作『Mank マンク』(20)などで目覚ましい活躍を続けるゲイリー・オールドマン。テーマ曲はミック・ジャガーがダニエル・ペンバートン(『ゲティ家の身代金』『シカゴ7裁判』)と共作した『ストレンジ・ゲーム』とくれば、食指が動くのではないか。 舞台は、現代のロンドンの超々下層街にみすぼらしいオフィスがある“泥沼の家”。主人公たちはエリート・スパイ組織MI5でスキャンダルを起こし、「遅い馬」と揶揄される落ちこぼれスパイ9人とG・オールドマンが演じるそのリーダー、ジャクソン・ラム。ラムは女性の前で平気でおくび、放屁する下品で腹の突き出た初老のスパイ。まるでR.D.ウィングフィールドの『クリスマスのフロスト』の警部そっくりだ。 ある日、パキスタン系英国人青年の誘拐事件が勃発。極右の犯人グループはネットに動画を投稿して、彼を斬首すると宣告。ラムと“遅い馬”たちはこの誘拐事件に、MI5の隠された陰謀があることを突き止めていく、という物語。 “泥沼の家”が本当に存在するのか架空の組織なのかは不明だが、オールドマン演じる老残なスパイの存在感が、物語に陰鬱な奥行きとリアリティーを与えている。それと同時に、フランス大統領選でも明らかになったEU圏の極右勢力台頭、ウクライナ戦争でますます熾烈になった情報戦も、本ドラマの重要なポイントになっている。『キングスマン』も面白いが、こんな、“ボンド映画と対極にあるドラマ”(オールドマン)も見逃せない。シーズン1(全6話完結)、シーズン2の予告編も流されている。
22/5/5(木)