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映画は、演技で観る!

相田 冬二

Bleu et Rose/映画批評家

百花

『帝一の國』『タロウのバカ』そして大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の源義経。菅田将暉といえば、他の追随を許さぬ圧倒的な人間生命力の権化として、凄まじいエナジーを放射してきた。『溺れるナイフ』の美しさ、『ピンクとグレー』の悪魔性なども含め、突き刺さってくる存在感には唯一無二のオリジナリティがある。 だが、その一方で、受けの演技で魅了する、繊細なテクニシャン、菅田将暉がいる。彼は、打ってよし、守ってよしの、二刀流なのだ。『二重生活』『火花』『生きてるだけで、愛』あたりは、彼のインナーな技術が冴えた好例だが、近年はこのポジショニングにさらなる深みが増している。 有村架純との『花束みたいな恋をした』も、Fukaseとの『キャラクター』も、相手を際立たせながら、あくまでも普通の人間のリアリティに妙味をプラスしている。さらにドラマ「コントが始まる」ではユニット的な人物関係の中核で、静謐なやるせなさをじわじわと滲ませ、『ミステリと言う勿れ』では極めてフラットに、受けながら返すアプローチで、新たな独壇場を開拓した。 最新主演作『百花』では、原田美枝子を母親役に迎え、ここ数年に積み重ねてきた【耐える芝居】の最良のかたちを見せている。認知症が進み、母子のわだかまりの元凶である空白の期間のことさえわからなくなりつつある母親を前に、菅田将暉扮する主人公はなす術もなく、ただ呆然としている。 自己主張が強いタイプでもなく、もうすぐ子供を産む妻に対しても、あからさまな愛情を表現するわけでもない、ニュートラルで、特徴に欠ける社会人たるその男の深層を、菅田はすっぴんな演技でコーディネートしてみせる。 まるで、一杯のかけそば。 具はない。生卵さえ浮かんでいない。少量のネギと汁と麺だけがある。かけそばを、直立不動ですするがごとき素っ気なさで、孤独を飼い慣らしてきたこの人物の、無意識のすきま風さえ感じさせる。 さびしさに抗体が出来て、あえて感性を鈍らせているような主人公。凍ったままだった精神がゆっくり溶け出し、ゼリー状の素顔の一角が徐々に見えてくる。その、あくまでも穏やかなスリル。 無表情なのではない。無虚飾なのだ。デフォルメを拭い去って、まっさらな陰影を棚下ろす。ワンシーン=ワンカット方式で撮影されていることもあり、インパクトやグラデーションに頼らない【耐える芝居】は凝視に値する。 一杯のかけそば。 せいろそばが、そばの野生と洗練を同時にたぐる歓びに満ちているとすれば、かけそばの深淵は、そばを浮かべる温かな汁によってもたらされる。 『百花』の菅田将暉は、「かえし」を「だし」で割って初めて生まれ出る味わいの方向に向かっている。 エナジーを放射する菅田は、そばの旨味いっぱいだが、受けの立ち位置で揺らめく菅田からは、「だし」の豊かさが沁みわたる。 彼が、ここで演じている人物の名前は、「泉」。 いまの菅田将暉は、温泉。まぎれもなく名湯である。

22/8/26(金)

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