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植草 信和
フリー編集者(元キネマ旬報編集長)
パラレル・マザーズ
22/11/3(木)
ヒューマントラストシネマ有楽町
『オール・アバウト・マイ・マザー』『ボルベール〈帰郷〉』『ぺイン・アンド・グローリー』などの佳作・傑作を経て、ますます巨匠としての風格がましてきたペドロ・アルモドバ監督。そのミューズ、ペネロペ・クルスとの五作目のコンビ作『パラレル・マザーズ』のエンドクレジットには、エドゥアルド・ガレアーノ(『収奪された大地 ラテンアメリカ五百年』で知られるウルグアイのジャーナリスト)の、「声なき歴史などない。焼き尽くし破戒し偽ろうとも。人の歴史は口を閉ざすことを拒む」という言葉が献辞されている。 その献辞からもわかるように、今なおスペイン人の心に深い傷跡を残す「スペイン内乱」と50年にも及んだ独裁政治をモティーフにしたアルモドバルのこの最新作には、彼の政治的信条が色濃く表れている。例えばこんなシーン。同じ病院の産科病棟で偶然出会い、同じ日に女の子を出産した写真家ジャニスと17歳の少女アナは紆余曲折の末に同棲する。独裁政権の犠牲になった祖父母を持つジャニスは、自国の歴史に興味も関心もないアナの無知を、こんなふうに批判するのだ。 「スペインでは10万人以上の人が姿を消し、今でも穴に埋められている。私は遺骨を掘り起こしてきちんと埋葬したい。若くても少しはこの国の内戦の歴史を知るべきよ」、と。73歳になろうとするアルモドバルが、ついに若年層の歴史の無知・無関心に我慢しきれなくなくなって、ペネロペに言わせた感のあるセリフ。随所にアルモドバルのスペイン愛が滲みでているのだが、堅苦しい歴史映画ではなくアルモドバル作品ならではの官能的で濃密な色彩感にあふれている傑作。 ジャニス役を演じたペネロペは本作で21年第78回ヴェネツィア国際映画祭で最優秀女優賞を受賞。22年第94回アカデミー賞でも主演女優賞にノミネートされた。アナ役はこれが長編映画出演2作目のミレナ・スミット。ベテランと新人女優の濃厚なラヴシーン、遺骨発掘の悲劇的シーンなど、アルモドバル作品ならでは色彩感豊かな描写が素晴らしい。
22/9/16(金)