Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

水先案内人のおすすめ

評論家や専門家等、エンタメの目利き&ツウが
いまみるべき1本を毎日お届け!

文学、ジャズ…知的映画セレクション

高崎 俊夫

フリー編集者、映画評論家

土を喰らう十二ヵ月

この映画の原作は水上勉の『土を食う日々──わが精進十二か月』という料理エッセイである。もはや三十年以上前になるが、ある美術雑誌の編集者をしている時に、随筆を連載していた水上勉の家に何度か原稿を取りに行ったことがある。噂にたがわぬ艶やかな二枚目の風貌が印象に残ったが、『土を喰らう十二か月』で、ツトムに扮した沢田研二が長野の山荘で、黙々と料理を作っている光景を見ながら、その溢れんばかりの〝色気〟に思わず、感じ入ってしまった。ザ・タイガース時代から沢田研二の発散するエロスは超別格だったが、老境に入っても、これだけシブい色気を漂わせているのはさすがというほかない。時折り、東京から車を飛ばしてやってくる恋人と思しき編集者真知子(松たか子)と膳を並べる場面にもそこはかとないエロティシズムが匂い立つ。13年前に亡くなった妻の遺骨を墓に納めないまま、毎日、妻の遺影を朝の勤行のようにみつめるツトム。この何度か挿入される遺影のショットを介して、親子ほどに離れたふたりの関係の絶妙な距離感を写し取っただけでも、この映画の成功は約束されたといってよい。   四季折々の移ろいゆく山里の風景を丹念にとらえながら、ツトムが旬の野菜を使って自ら料理するシーンが延々と反復される。日本映画には稀少ながらも、たとえば育児をテーマにした市川崑の『私は二歳』(62)のようなエッセイ映画の系譜があるが、これはひさびさに現れた料理をめぐるエッセイ映画の秀作といってよいのではないか。 中江裕司は『ナビイの恋』(99)や『ホテル・ハイビスカス』(02)のようなエネルギッシュで楽天的な人生讃歌が真骨頂かと思えたが、この映画には、うっすらと、しかし確実に〝死〟の気配が見え隠れする。それは中江自身が〝死〟を否応なく意識する年齢になった証しかもしれない。そして義母である奈良岡朋子の葬式のシーンがひとつの頂点を形づくる。葬儀のセレモニーが黙々と進行するなか、ツトムと真知子がヒートアップしながら、次々と料理を披歴するシーンは、〝食〟と〝死〟が見事にせめぎ合った傑作だ。出番は少ないが、火野正平、檀ふみなど脇を固める役者たちのアンサンブルもすばらしい。間違いなく中江裕司の代表作となるだろう。

22/11/13(日)

アプリで読む