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文学、ジャズ…知的映画セレクション
高崎 俊夫
フリー編集者、映画評論家
フラッグ・デイ 父を想う日
22/12/23(金)
TOHOシネマズ シャンテ
ショーン・ペンの監督作品が公開されるのは、『イントゥ・ザ・ワイルド』(07)以来だろうか。『フラッグ・デイ 父を想う日』は、1992年に起こった全米最大の偽札事件の犯人ジョン・ヴォーゲルを、娘であるジャーナリスト、ジェニファー・ヴォーゲルが描いた回顧録をもとにした実話の映画化である。 やはりジョン・クラカワーのノンフィクションが原作の『イントゥ・ザ・ワイルド』の主人公は、マーク・トウェインの『ハックルベリー・フィンの冒険』からジャック・ケルアックの『オン・ザ・ロード』に至るアメリカ特有の浪漫的放浪者の系譜に属するアウトサイダーだった。この映画のショーン・ペン演じるジョン・ヴォーゲルも家庭を全く省みず、愛人を作っては家を飛び出し、犯罪者たちと組んでは怪しげな仕事で生計を立てているロクデナシで、辺境、アウトサイドでしか生きられない人間だ。 この映画の主人公は、ざらついた荒々しい粒子を生かした16ミリフィルムの画面の質感も相まって、往年のアメリカン・ニューシネマの敗残者たち、アンチ・ヒーローに共通する匂いを放っている。まったく感情移入を拒む、大ぼら吹きで、虚言癖がある、人格などとうに崩壊してしまった奇怪なキャラクターをショーン・ペンがなんとも魅力的に演じている。そんな父親に深い愛憎を抱いているジェニファー。ショーン・ペンは、一切のわかりやすい説明的な描写を排除し、微妙な視線の交錯や表情の変化、意表を突くようなダイアローグによって、一筋縄ではいかない、この錯綜した父娘の関係をみごとに浮き彫りにしている。娘のディラン・ペンも深い傷を背負いながらも父親と対峙し、世間と渡り合うタフなヒロインを演じて忘れがたい。 この映画にはありきたりなモラルで登場人物を断罪するようなシーンはワンカットもない。あらためてショーン・ペンは、ジョン・カサヴェテス、ロバート・アルトマンを始祖とするアメリカ映画のインディーズ・スピリットを継承する数少ない映画作家であることを確信させた。
22/12/23(金)