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文学、ジャズ…知的映画セレクション

高崎 俊夫

フリー編集者、映画評論家

ヌーヴェル・ヴァーグ前夜

シネマヴェーラ渋谷「ヌーヴェル・ヴァーグ前夜」特集のマックス・オフュルスをめぐって 先ごろ、ヌーヴェル・ヴァーグの代名詞的存在だった革命児ジャン=リュック・ゴダールが幇助による自殺で生涯の幕を閉じ、世界中の若い世代を熱狂させた<新しい波>の映画作家は、ほぼ全員、姿を消した。そんな中、シネマヴェーラ渋谷で「ヌーヴェル・ヴァーグ前夜」という特集が組まれる。 周知のように、ヌーヴェル・ヴァーグはジャン・オーランシュやピエール・ポストといった脚本家たち、ジャン・ドラノワやクロード・オータン=ララといった職人監督たちによってつくられた「心理的リアリスム」に基づくフランス映画の「良質な伝統」を真っ向から否定した。彼らが信奉したのはハワード・ホークスやアルフレッド・ヒッチコッチなどのアメリカ映画の監督だが、自国フランスでも独自の文体を持った監督だけは徹底して擁護する論陣を張った。すなわち、今回、上映されるジャン・ルノワール、ジャン・グレミヨン、ジャック・ベッケル、マックス・オフュルスといった映画作家である。 なかでもマックス・オフュルスは、つねにヒロインの視点に一体化するようにして、優美で残酷な世界を開示する<女性映画>の巨匠である。 謎の自殺を図った女優イザ・ミランダが手術台の上に横たわり、混濁した意識の裡に回想に入り、悲劇の実相を鮮烈に浮かび上がらせる『永遠のガビー』(34)は日本未公開のノワール・メロドラマの傑作だ。ダイヤの耳飾りを狂言回しにしてヒロインの運命の変転を情感豊かに描く『たそがれの女心』(53)はめまいのようなダニエル・ダリューの美しさに陶然となる。アントン・シュニッツラーの戯曲をもとに、十組の恋人たちの情事を、まさにロンド形式で典雅に、官能的に点描する『輪舞』(50)もすばらしい。 モーパッサンの短篇をもとにした三話オムニバス形式の『快楽』(52)は、ゴダールが「パリ解放後のフランス映画ベスト・ワン」に選んだ名作で、とりわけ第二話の「メゾン・テリエ」で、田舎の教会で聖体拝受のセレモニーに立ち会った娼婦たちが感極まって嗚咽するシーンは、映画史上もっとも崇高な感銘を与えるといってよいだろう。第三話「画家とモデル」で、シモーヌ・シモンが失意の果てにアトリエの窓から投身自殺を試みる瞬間、彼女の視線がキャメラ・アイと化し、そのまま地面へと落下してゆく衝撃的なショットは、フランソワ・トリュフォーが、『ピアニストを撃て』(60)で、シャルル・アズナヴールの妻ニコル・ベルジェがアパートの窓から投身自殺するシーンでまるごと<引用>し、オマージュを捧げている。『快楽』のラスト、オフで聞こえてくる「快楽とは、ほんとうは苦しいものだ」というナレーションも深い余韻を残す。

22/12/21(水)

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