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政治からアイドルまで…切り口が独創的
中川 右介
作家、編集者
フェイブルマンズ
23/3/3(金)
TOHOシネマズ 日比谷
文章による自伝というのは、「思い出して」「書く」だけで出来上がるが、映画での自伝の場合、さらに「それを再現する」ことになる。自分と他人とによって、自分の過去を再現するのは、どんな気分なのだろうと、まず考えてしまった。 幼い頃に映画に出会い、その魅力に取り憑かれ、少年時代からカメラを買ってもらって映画を撮るようになり、青年時代になると映画の才能が周囲からも認められて……というサクセスストーリーなのかと思ったら、そうではなかった。たしかに、そういう話でもあるのだが、それはサイドストーリーにすぎない。 タイトルは、この映画の主人公、スピルバーグ自身をモデルにしたユダヤ人家庭の名前。複数形になっているので、しいて訳せば「フェイブルマン家」とでもなるだろう。それが示すように、徹底的に「家族の物語」なのだ。優秀なエンジニアの父、ピアノを弾く母、彼と3人の妹という理想的な一家が、やがて崩壊していく。これが、かなりシリアスだ。 さらに、カリフォル二アに引っ越すと、学校ではユダヤ人差別がひどく、いじめられ、ガールフレンドができるが、やがて失恋する。ハリウッドの「明るく楽しい青春映画」とは真逆の展開。 前作『ウエスト・サイド・ストーリー』も、悲惨な青春物語だったが、ここでもスピルバーグは、アメリカ社会の病んだ部分を、正面から描いてしまう。 「どんな辛い目にあっても、僕には映画があった」というふうでもないのだ。画面は明るいが、陰鬱だ。 それでも最後は、希望があるラストシーン。そのため、「いい映画を見た」「感動した」と思ってしまうが、なかなかどうしてシビアな映画だ。
23/2/10(金)