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映画から自分の心を探る学びを
伊藤 さとり
映画パーソナリティ(評論・心理カウンセラー)
ザ・ホエール
23/4/7(金)
TOHOシネマズ シャンテ
カメラが彼の周りをぐるりと回る。この映画では、狭い部屋で272キロの主人公の代わりにカメラが動き回るのだ。余命わずかな男が残りの数日を後悔せずに生きようと疎遠だった娘との関係修復のため勉強を教える。主人公チャーリーの家で展開される物語なのに、飽きるどころか釘付けになるのは、オスカーも受賞した主演のブレンダン・フレイザーの悲壮感ある演技力が大きい。それは『ブラック・スワン』のダーレン・アロノフスキー監督が惚れ込んだブレンダンの瞳から感情の変化が全て読み取れるからだろう。そう考えるとアカデミー賞メイキャップ&ヘアスタイリング賞を受賞したことは、表情の演技の邪魔をしない職人技が評価されての結果。 しかも彼の面倒を見る友人役のホン・チャウとの関係が明らかになっていくとこの映画の奥行きが見えてくる。回想シーンは無くとも、写真と部屋の様子だけで会話から思い浮かぶ光景はリアルで、ホン・チャウがアカデミー賞助演女優賞にノミネートされたことも納得でしかない。ひとりの人間のエンディングノートの物語が、こんなに美しく心穏やかになれるとは。セリフには愛が溢れ、後半につれ主人公の純度が増していく聖なる映画。
23/4/1(土)