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植草 信和
フリー編集者(元キネマ旬報編集長)
銀河鉄道の父
23/5/5(金)
TOHOシネマズ日比谷
「宮沢賢治生誕百年」イヤーの1996年、『わが心の銀河鉄道・宮沢賢治物語』(大森一樹監督/緒方直人、渡哲也)と『宮澤賢治-その愛-』(神山征二郎監督/三上博史、仲代達矢) という、賢治を主人公にした二本の映画が、ほぼ同時期に公開された。 残念ながら“競作”という話題性だけが先行して、作品的 (キネマ旬報ベストテンで『わが心の銀河鉄道』16位、『宮澤賢治-その愛-』42位)・興行的に振るわずに終わったのだが、唯一、賢治ファンの心をとらえたシーンがあった。 それは、『わが心の銀河鉄道』での賢治(緒方直人)死後に、『雨ニモマケズ』を読んだ父・政次郎(渡哲也)が、「賢治は天才だった。自分には解っていた」と慟哭するシーン。堀尾青史の編年体伝記『年譜宮澤賢治伝』などで宮沢父子の確執は知られていたが、映画ではじめてその愛憎の深さが描かれたのだ。 前説が長くなったが、本作はその“宮沢賢治・政次郎の愛憎”物語。清廉潔白な詩人として語られることが多い賢治だが、生家の質屋という稼業への嫌悪、父親との宗教的確執、妹への偏愛、自己嫌悪など、抱えきれないほどの悩みにもがいた詩人だったことがよく描かれている。そして、苦しむ賢治を慈愛深く包み込む父親の愛の深さが胸を打つ。 成島出の情緒過多に陥らない演出、政次郎役の役所広司の懐の深さ、賢治に扮した菅田将暉の溌溂とした演技が相まった、優れた人間ドラマとしておススメ。再現された明治・大正・昭和の花巻と東京の風景も大きな見どころだ。
23/4/25(火)