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文学、ジャズ…知的映画セレクション

高崎 俊夫

フリー編集者、映画評論家

初期ドン・シーゲルと修業時代

アッと驚くようなプログラミングでディープな映画ファンを唸らせているシネマヴェーラ渋谷が5月27日から6月16日まで三週間にわたってドン・シーゲルの特集を組む。これは<事件>といってよいだろう。 思えば、1970年代には新宿ローヤル劇場というアクション専門の名画座があり、『刑事マディガン』(1968)、『マンハッタン無宿』(68)、『ダーティハリー』(71)、『突破口!』(73)といったドン・シーゲルの滅法面白いアクション映画が毎年かかっていて、繰り返し何度も見に行ったものだが、あれから幾星霜。今やドン・シーゲルはフランスのシネマテークで大レトロスペクティブが開催されるほどの希少なる<映画作家>として賞揚される存在となった。 今年に入ってからも菊川にある映画館ストレンジャーで「ドン・シーゲルセレクション」と題して『第十一号官房の暴動』(54)から『ドラブル』(74)まで8本のドン・シーゲル作品が上映されたのは記憶に新しい。 それでは、今回のシネマヴェーラ渋谷のシーゲル特集はその二番煎じかといえば、さにあらず。ストレンジャーとは上映作品が一本もダブっていないのである。ご立派! 内訳は監督作品が9本、助監督作品がハワード・ホークスの『ヨーク軍曹』(41)ほか6本、そして編集・特撮担当作品がラオール・ウォルシュの『夜までドライブ』(40)ほか5本という充実したラインアップ。文字通り、アルチザンとして出発したドン・シーゲルが巨匠たちの撮影現場を通じていかにして独自の映画的文体を磨き上げていったのか、その軌跡が辿れるのである。 特集の目玉はなんといっても『殺し屋ネルソン』(57)であろう。蓮實重彦の『ショットとは何か』(講談社)の表紙を飾り、ハスミ節の煽動効果もあって、すでに過剰に神格化しているシネフィルも多いようだが、とにかくミッキー・ルーニー演じる幼児性とコンプレックスと手がつけられない凶暴さで凝り固まった奇っ怪なギャングの壮絶な太く短い生涯を、センチメンタルな思い入れを排し、ひらすらクールにハードボイルドなタッチで描いた傑作で、必見といっておこう。ネルソンの嫉妬を煽る情婦キャロリン・ジョーンズはネイティブ・アメリカンの血をひく、どこか寂寥感を漂わせる彫りの深い風貌が忘れがたい。 女優の趣味の良さはシーゲル作品を見る醍醐味のひとつだが、第二作『暗闇の秘密』(49)は『レベッカ』(40)の系譜に連なるニューロティック・スリラーで、ヒロインのヴィヴェカ・リンドフォースは相方のロナルド・レーガンをはるかに凌駕する魅力を放っている。この作品で彼女はドン・シーゲルと結婚、『贅沢は素敵だ』(52)では、スターリンの統治下、米国帰りの実業家をスパイするように命じられた堅物の秘書を演じている。あからさまな『ニノチカ』(39)のパロディで、一見、狂騒的な反共プロパガンダのような趣向を感じさせながらも、サスペンスの醸成が絶妙であり、ドン・シーゲルの喜劇的なセンスが卓越したものであることがわかる。 メキシコを舞台に壮絶なカーチェイスを展開する『仮面の報酬』(49)はフィルム・ノワールの名作『過去を逃れて』(47)の名コンビ、ロバート・ミッチャムとジェーン・グリアが前作のメランコリックなトーンとは対照的に、随所に珍道中もののようなユーモラスなタッチと洒脱な味わいを見せる。 オーディ・マーフィの華麗なガンプレイで魅せる『抜き射ち二挺拳銃』(52)は、なぜか悪漢の情婦フェイス・ドマーグに骨抜きになってしまうダメダメな保安官ばかりが悪目立ちする珍品である。 冤罪をテーマにした『暗黒の鉄格子』(53)は、証言が反転に次ぐ反転で、真犯人がようやく登場する後半まで見るものを飽かせない語り口が見事である。後年の『ダーティハリー』のサソリに通じる理不尽極まりない狂人というシーゲル的なキャラクターは、この作品あたりが淵源かもしれない。 今回のバラエティに富んだ特集は、たんなる〝アクション映画の巨匠〟とは括れない、ドン・シーゲルの一筋縄ではいかない魅力が再発見される絶好の機会である。

23/5/24(水)

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