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植草 信和
フリー編集者(元キネマ旬報編集長)
怪物
23/6/2(金)
TOHOシネマズ 日比谷
監督是枝裕和、脚本坂元裕二、音楽坂本龍一のコラボ作品と聞いて是非観たいと思う人は多いのではないだろうか。現在の日本映画で考えられる最初で最後、最高で最強の顔合わせだ。 是枝監督が「今一番リスペクトしている」という坂元裕二の脚本を得、ガンと闘う坂本龍一(3月28日逝去)に自ら音楽を依頼したことから生まれた『怪物』。5月16日からの「第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門」に参加が決まっているので、『万引き家族』(カンヌ国際映画祭パルム・ドール)に続いての受賞の期待も高まる日本映画。 舞台は諏訪湖がある長野県の郊外の町。母子家庭の母(安藤サクラ)と小学生の息子(黒川想矢)、その友達(柊木陽太)、彼らが通う小学校の教師(永山瑛太)や校長(田中裕子)などが主要登場人物。事件はよくある子供同士のケンカから始まり、彼らの食い違う主張が次第に社会やメディアを巻き込み、大事へと発展していく…というお話。 ビル火災の吹き上げる炎と消防車のけたたましいサイレン音が、観る者を“怪物の棲む世界”へと誘う導入部が素晴らしい。飛び交う流言飛語と憶測によって徐々に姿を現す、“怪物”。その正体は? 物語がすすむにつれて我々の言動がいかに曖昧で不確かなものかが露わになり、現代社会の不気味さを炙り出していく。 AIの発達と比例して増殖する“目に見えない怪物”に侵食されていく不気味さが、鑑賞後にますます強く胸に迫る。坂本龍一が遺した美しい旋律が、現代人の愚行を諫めているかのように耳から離れない。
23/5/16(火)