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政治からアイドルまで…切り口が独創的

中川 右介

作家、編集者

探偵マーロウ

チャンドラーの『ロング・グッドバイ』(長いお別れ)の続編の映画化とされているが、「続編」なのは原作となった小説のことで、この映画は『ロング・グッドバイ』とは関係のない、独立した物語。ようするに、チャンドラーの世界観を借りて創られた原作を、さらに脚色したもの。だから、『ロング・グッドバイ』を知らなくても、何の問題もない。極端にいえば、フィリップ・マーロウやチャンドラーを知らない「一見さん」でも歓迎している映画だ。 原作は1950年代が舞台だが、映画では1939年に移されている。1939年は、第二次世界大戦が始まる年で、アメリカの参戦はまだ先だが、ラジオからはヒトラーやポーランドの情勢を伝えるニュースが流れている。 ヒロインの母は、原作では化粧品会社の経営者だが、往年の大女優というキャラクターに変えられた。それに連動して、事件の舞台が映画界へと変わっている。 物語は、私立探偵マーロウが、美しい女性からある男性を探してくれと依頼されるところから始まる。いかにもハードボイルド・ミステリーで、これは原作と同じ。以後マーロウは、次々と関係者と会い、やがて男性がひき逃げされていたことを突き止める。ところが……と、二転三転していく。 最大の謎は、依頼人の女性そのものだ。彼女はなぜマーロウに依頼したのか。彼女は何を企んでいるのか。私立探偵は、依頼人のことをよく知らずに引き受けるから、事件に巻き込まれていくことになる。 マーロウが会っていく関係者が多いので、うかうかしていると、話が分からなくなる。事前に公式サイトなどで人物関係図を確認しておいたほうがいいかもしれない。 これがミステリ映画の難しいところで、予備知識があれば分かりやすいが、驚きもない。予備知識なしに見れば、驚きの連続だが、分かりにくいところもある。どちらを選ぶか。 チャンドラーの小説では40代と思われるフィリップ・マーロウを、この映画では70歳になるリーアム・ニーソンが演じているのだが。これが、まったく違和感がない。年老いたマーロウという感じでもなく、いかにもフィリップ・マーロウなのだ。

23/6/27(火)

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