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政治からアイドルまで…切り口が独創的
中川 右介
作家、編集者
エリザベート 1878
23/8/25(金)
TOHOシネマズ シャンテ
昔はロミー・シュナイダーが演じた映画で、昨今ではミュージカルで知られる、オーストリア皇妃エリザベートを描く映画。だが、華麗なドレスを身にまとった王侯貴族たちの王朝絵巻的なものを期待してはいけない。彼女の人生はミュージカルになるくらい波乱万丈だが、この映画はシリアスで内向的でどこまでも沈んでいく。撮り方はドキュメンタリータッチ。エリザベートを演じるヴィッキー・クリープスはノーメイクに見えるようなメイク。ドレスを着た晩餐会のシーンもあるが、それはごく一部で、ほとんどが質素な服装。 邦題にあるように「1878年」に絞られており、淡々と、40歳になった「ひとりの女性」の「日常」が描かれる。それは、夫(皇帝)との夫婦関係が実質的に破綻し、息子は反抗期で、幼い娘には嫌われている、そんな中年女性の、絶望的な日常である。 40歳になっても、エリザベートは体型を維持するために少食を貫き、コルセットをきつく締める。原題を訳せば、「コルセット」で、「縛られた生活」の象徴だ。そのコルセットから解放されるのかどうか、という物語。 退屈で暗澹たる生活のなかで救いとなるのは、何人かの男友だち。そのひとりフランスのルイ・ル・プランスは「映画」を発明したばかりで、彼女を撮るシーンがある。えっ、と思った。リュミエール兄弟による映画の発明は1895年のはずだ。1878年にはまだ映画(撮影機)はないはずだが、調べると、ルイ・ル・プランスによって1895年以前に発明されたという説もあるそうだ。それでも、1878年にル・プランスとエリザベートが会っていて、映画を撮った事実はなさそう。 皇帝との愛なきベッドシーンも描かれる。1878年は日本だと明治11年だ。日本映画では、明治天皇と皇后のベッドシーンなんて描けないだろうから、軽い衝撃。 全体に沈んだ色調なのだが、ラスト、舞台がイタリアに転じると、一転してスクリーンは明るく輝く。この色彩設計は見事で、ああこれでエリザベートの新しい人生が始まるのかと思わせるのだが、直後に、意外な結末が待っている。その衝撃のラストに至るまでの伏線の張り方は、見事だ。
23/8/15(火)