ホックニーといえば即座に思い浮かぶのは明るい日差しと青い空、芝生を潤す噴水や澄んだ水を湛えるプール、そして友人や家族などの肖像画だろう。ホックニーがロサンゼルスに移り住んだのは1964年。イギリス北部に生まれロンドンの美術学校で絵を学んだ20代半ばの青年にとって、アメリカ西海岸の抜けるような青空と風にそよぐ椰子の木、常春のような気候風土は、それまで体験したことのない別世界だったのではないだろうか。明るい色彩と平面的な形態で構成される画面には、日常生活の一瞬一瞬や身近なモチーフに潜むささやかな幸福感に満ち溢れている。彼は言う。「楽しむために世界を見ること」と。
その一方で、1960年代半ばから当時は最新の画材であったアクリル絵の具を使用し、1980年代初期にはポラロイドによるフォト・コラージュ制作、そして2010年にはiPadを使って絵を描き始め、2017年には少しずつ異なる角度で撮影された3000枚もの写真をコンピュータで解析・統合して3DCGを作り出すフォトグラメトリという手法を使って《スタジオにて、2017年12月》を制作したりするなど、60年以上にわたって「絵画とはなにか」「絵画とはどうあるべきか」を問う追求は今なお健在だ。
次々と展開する作品のひとつひとつを楽しみつつ最後の展示室でさらなる衝撃に圧倒された。展示室の壁面を延々と覆っているのは、現在拠点としているノルマンディーの12ヶ月の風景画(2020〜21年制作)。1年間にわたり屋外風景をiPadで220点描き、それらをもとに大画面作品を制作したという。まるで等身大で向き合う絵巻物のよう…。80歳を過ぎてなお斬新な発想で制作を継続する。なんという創造力!
優しい眼差しで身近な日常を見つめるホックニーの初期から86歳の現在までを概観できる好企画。美術館に足を運ばれる前に、今回の展覧会についてのホックニーのインタヴュー動画の視聴をお薦めしておきたい。煙草を片手に黄色いフレームの眼鏡にブルーのジャケット(あらま、補色ですわ!)。なんと微笑ましい(いや、失礼♡)。
https://www.youtube.com/watch?v=XjrXKN3iA0I
で、同時期開催の『MOTコレクション 皮膜虚実』展もお薦めです。1960年代から近作までの特集展示「横尾忠則--水のように」。横尾氏もまた現在87歳。こちらも創作意欲衰える気配まったくなし。80歳過ぎたお爺さまパワー2連発でエネルギー吸い取られ過ぎてフラフラになること必須。皆様、要注意でございますよ。