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五十川 晶子
フリー編集者、ライター
国立劇場 令和5年10月歌舞伎公演『通し狂言 妹背山婦女庭訓』<第二部>
23/10/4(水)~23/10/26(木)
国立劇場 大劇場
9月から二か月連続通しで上演中の『妹背山婦女庭訓』が第二部の幕を開ける。国立劇場の現在の建物では最後の歌舞伎公演となる。序幕の道行、蘇我入鹿の御殿、そして大詰奥殿~入鹿誅伐までを描く王朝物の義太夫狂言だ。 今月のヒロイン、杉酒屋のお三輪は、恋しい求女逢いたさに蘇我入鹿の御殿までやってきてしまった。そこでたまたま出くわすのが豆腐買おむらだ。 文字通り豆腐を買いに出てくるお端下の女中だが、とはいえ御殿で働く身分。鬘は片外しで、これは『伽羅先代萩』の政岡など、大名家の重臣や位の高い武家の奥方が着けるものだ。風格、教養、知性優れた女性に用いる。 なぜかそんなたいそうな鬘を着けた御殿女中が、源氏香柄の被衣で顔を隠し、縫い模様の着付けに文庫帯を締め、塗り下駄を履き、黒塗りの岡持ちを持って出てくる。生活感ある豆腐買いという仕事なのに、大仰なこしらえというギャップにぜひ注目を。大化の改新の時代の世界だが、歌舞伎あるある、おなじみの江戸時代のこしらえ……だとしても、この取り合わせはユニークだ。 舞台に出ている時間はあっという間なのに、客席の耳目をかっさらって引っ込んでいく。看板役者や人気役者がチラッと出演する、いわゆる「御馳走」と呼ばれる役だ。 出てきて特に何をするでもない。求女を追って苧環に導かれ御殿に迷い込んできたお三輪に尋ねられ、求女は橘姫の内証の祝言をあげたと語る。それも御殿のお局衆が二人をつかまえて有無をも言わさず寝所へ引っ立て、上から布団をかぶせて大騒ぎしたというなかなかスキャンダラスな内容を。お三輪が傍らでショックを受けているのも華麗にスルーして、「あばよ!」と威勢よく引っ込んでいく。 このおむら、実はこの間に重要な役割を果たしている。手拭いを間接的にお三輪に渡すという役割を。おむらが帯に挟んでいた手拭いにお三輪がすがりつき、偶然にひっぱり取られてしまう。後に、お三輪がお局衆にはやし立てられ強引に唄い踊らされるときに額に巻いている手拭いは、この時のおむらのものなのだ。 そしてその噂のお局衆とは、お三輪の登場する前からひと騒ぎしている御殿の官女たちのこと。ゴシップ好きで意地の悪い曲者揃いで、立役の役者たちが勤めることが多い。求女、橘姫、お三輪はもちろん、そして入鹿誅伐で大活躍する鱶七実ハ金輪五郎今国も、この官女たちのクセの強さにはかなわない。『妹背山』という狂言の世界観を支える陰の立役者だ。
23/9/23(土)