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文学、ジャズ…知的映画セレクション

高崎 俊夫

フリー編集者、映画評論家

ニッポン・ノワールⅢ

アメリカ映画でフィルム・ノワールというジャンルが絶頂期を迎えたのは、戦争の傷跡も生々しい1940年代から赤狩りが始まった50年代の初頭にかけてだが、日本映画は東映の任侠映画が隆盛を極める以前の日活アクションの時代といえるかもしれない。 今回のシネマヴェーラ渋谷の「ニッポン・ノワールⅢ」特集は、西河克己の『若い傾斜』(59)、『追跡』(61)、古川卓巳の『九人の死刑囚』(57)、『顔役(ボス)』(55)、それに大映の成田三樹夫のデビュー作でもある弓削太郎の『殺られる前に殺れ』(64)などのレアものが揃っている。 なかでも、私のお薦めは瀬川昌治監督の『密告(たれこみ)』(68)だ。瀬川監督は、一般にはフランキー堺主演の「喜劇・旅行シリーズ」や渥美清主演の「喜劇・列車シリーズ」の職人肌の喜劇映画監督として知られている。だが、もともと瀬川さんは、アルフレッド・ヒッチコックの『断崖』(41)とビリー・ワイルダーの『熱砂の秘密』(43)を見て映画を志したというだけあって、その本来の資質は人間の抱えたダークサイドを深く抉る犯罪映画、サスペンス映画にあったのではないかと思っている。 脚本家時代に小林恒夫の『暴力街』(55)、『殺人者を逃すな』(57)、杉江敏男の『三十六人の乗客』(57)など数多くの傑作シナリオを書いているのもその証左である。 『密告』は、安藤昇がムショ帰りのヤクザを演じた復讐譚だが、まるで、ジャン=ピエール・メルヴィルの『サムライ』(67)を思わせる、全編にわたって冷え冷えとした感触が鮮烈な印象を残す和製フィルム・ノワールの傑作である。 当時、瀬川監督は、アーサー・ペンの『俺たちに明日はない』(67)とジョン・ブアマンの『殺しの分け前/ポイント・ブランク』(67)を見て、前者に失望し、後者に深く感動して、こちらが実は、『密告』の発想の原点になったと私に語ってくれたことがある。瀬川監督は、本物の見巧者でもあったのである。

23/10/12(木)

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