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映画は、演技で観る!

相田 冬二

Bleu et Rose/映画批評家

それぞれに味わいの異なる“アウトレイジ”三部作を完結させ、北野武は監督として大いなるフィナーレを迎えたかに思えた。第1作では、持ち前の笑いと、彼の映画ならではの暴力を遂に融合させた。『ビヨンド』では、鋭利な叙情と究極の悲哀をマリアージュさせた。そして『最終章』ではタイトル通り、最終的な虚無のゼロ地点へと辿り着いた。 しかし、彼にはやり残したことがあった。 フィルモグラフィには、北野武ではなく、ビートたけしが主導権を握ったと思われる作品群が存在する。 『みんな〜やってるか!』『BROTHER』『監督・ばんざい!』『龍三と七人の子分たち』から形成されるグループがそれである。ほぼ6年周期で公開されていたこれらは、いずれも全く評価されていない。 本業である笑いに転んだ彼の映画は、批評も興行もコケる。しかし、ビートたけしは懲りずに、この流れを継続した。決して途絶えさせなかった。 北野武+ビートたけしの共同監督にも思える『アウトレイジ』は、たけしの野心をある程度、叶えたようにも見えた。たとえば石橋蓮司を巡るギャグの反復と連射には、たけし独自のスピードとしつこさがあり、それが映画的な強度に達していた。作品の大ヒットもまた、ビートたけしの功績に思えた。 しかし、呪われた一群の長(おさ)である男は、この程度では満足していなかったのである。 『首』は、ビートたけしがイニシアティヴを取った「最初の成功作」と言える。北野武はほぼサポートにまわっており、『アウトレイジ ビヨンド』と同一監督とは到底思えない肌触りになっている。織田信長から豊臣秀吉に覇権が移行する裏で陰謀が横行する様を、男色も交えながら活写する。 長年温めていた企画だというが、本当にそうなのか。この逸話自体が壮大なギャグに思えてくる。 映画作家が念願を実現した場合、それは大抵つまらない作品になる。最近では『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』が好例。あれなら、同企画の撮影をジョニー・デップ主演で開始しながら、不運の波状攻撃で頓挫する様を追ったドキュメンタリー『ロスト・イン・ラ・マンチャ』の方がよっぽど面白い。 『首』はこのような映画史も、あっさり裏切る。 かつて、あの大島渚が男色を描いた『戦場のメリークリスマス』『御法度』の両作に出演したビートたけしが、男色という題材に初めて向き合う。その公開が、奇しくも『戦メリ』『御法度』の音楽を手がけた坂本龍一が逝去した年になるのだから、観客ならそれ相応の覚悟を持って臨みたくもなるだろう。 しかし。 ビートたけしはゴーストライターを使わずに初めて自ら執筆した小説「アナログ」の中で、こんなことを書いている。 <笑いは悪魔だ。どんなに緊張した場面にも登場のチャンスを狙って見逃さない。> 『首』の核心は、まさにこの二文に集約されている。 悪魔・ビートたけしは、登場のチャンスを狙って見逃さない。 狂乱の世で、一大殺戮が繰り広げられる。夥しい数の人間たちが、実に無惨なかたちで殺されていく。北野武のメインストリームであるヤクザものにおけるお馴染みのバイオレンス描写とは位相が異なる。グロテスクと感じる観客もいるかもしれない。 これまでの北野武映画はグロテスクではなかった。まず、この点に驚かされる。 だが、同時に私たちは思い出すはずだ。ビートたけしという芸人の芸には、グロテスクな面もあったのではないか? それが公共の電波(テレビもラジオも)にのっかり、撒き散らされることに爽快感をおぼえ、喝采を叫んでいたのではないか? そもそも、芸人の芸とはグロテスクなものではなかったか? 本作には幾つかのレイヤーが敷かれている。戦国時代をグロテスクに描いてしまうことは別に主眼ではない。 狂乱の王、信長の破滅的な腐敗を加瀬亮に演じさせ、フラットに直視する一方、吉本が誇る名優、木村祐一を招き、戦国武将たちの悍ましさと対比するように、したたかにサヴァイヴする最底辺の庶民の魂を浮き彫りにする。 では、これは、王ではなく、民の側に立つ映画だろうか? 否。 そこに男色(誰がそれを体現するかは伏せておこう)というファクターが交わることで、映画はマダラ模様と化し、観客は騙し絵を見るように幻惑される。数学脳を有するビートたけしらしい、錯覚の罠。たけし映画を観てきた者ほど、ドッポンと落下するだろう。 本作で悪魔は、秀吉に扮している。 もう一度、言う。 <笑いは悪魔だ。どんなに緊張した場面にも登場のチャンスを狙って見逃さない。>ビートたけしは、浅野忠信と大森南朋を従えて、『みんな〜やってるか!』『BROTHER』『監督・ばんざい!』『龍三と七人の子分たち』の恨みを倍返しする。 私たちは驚きながら、納得する。そんな初めての体験に慄くことになる。 これはことによると、映画による「風雲!たけし城」ではないか。 『首』は、踏み絵である。あなたのビートたけし体験が試される。 観客の首に、映画の刃が当てられている。

23/10/25(水)

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