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文学、ジャズ…知的映画セレクション

高崎 俊夫

フリー編集者、映画評論家

パトリシア・ハイスミスに恋して

日本でパトリシア・ハイスミスのささやかなブームが起こったのは、1990年代の初頭だったと記憶する。それまで未訳だった彼女の傑作が陸続と翻訳され、手に取るそばから驚嘆させられたものである。グレアム・グリーンは<酷薄な快楽の数々>と表現し、ハイスミス再評価の急先鋒であった小林信彦は、「人間不信というのは、実は、ある時期まで人間を信じていて裏切られ、そうなるのだが、ハイスミスのこわさ、作品の邪悪さは,そうした甘さが全然ないことで、生まれつき、なにも信じていないところから発している。(……)パトリシア・ハイスミスの小説は、昔のフグみたいなものだ。下手をすると毒にアタるのだが、舌ざわりはめっぽう良い」と的確にその魅力を指摘している。 『パトリシア・ハイスミスに恋して』は、発掘された彼女の日記や貴重なアーカイブ映像を通じて、その謎に満ちた生涯を浮き彫りにした出色のドキュメンタリーである。テキサス州に生まれ、幼少期に自分を見棄てた母親との熾烈な葛藤、レズビアンであることを隠しながら、ヒッチコックが『見知らぬ乗客』を映画化して以降、世界的な名声を獲得し、母国アメリカよりもヨーロッパで高く評価され、晩年はフランス、スイスで隠遁生活を送った。何人もの愛人たちが語るハイスミス像も興味深いが、とりわけ母親との愛憎に満ちた関係は、ハイスミスの作品理解にひとつの光を投げかけるかもしれない。 たびたび引用される映画化作品のなかで、たとえば、『見知らぬ乗客』の後味の悪さ、苦さは、ヒッチコックの暗いオブセッションが、ハイスミスの毒に微妙な化学反応を起こした結果であることがわかる。 ヴィム・ヴェンダースの『アメリカの友人』は、ヴェンダースのジャンル映画への執心だけが目立っていて、ハイスミスの原作にインスパイアされた痕跡はあまりない。 映画作家で恐らく「ハイスミス作品の邪悪さ」にもっとも迫ったのは、『ふくろうの叫び』を撮ったクロード・シャブロルであろう。<のぞき>というおぞましきモチーフを追求して、安直なモラルなど蹂躙してしまうからだ。このふたりは明らかに同じ精神的血族だと思う。

23/11/7(火)

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