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水先案内人のおすすめ

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政治からアイドルまで…切り口が独創的

中川 右介

作家、編集者

PERFECT DAYS

予告編を見て、これは退屈で眠くなるタイプの映画かもしれないと思ったが、まったくそんなことはなかった。芸術的な映画は苦手、退屈そうだと思う方こそ、騙されたと思って見てほしい。 役所広司演じる渋谷区のトイレ清掃員「平山さん」の日常を淡々と描く映画で、正確に測ったわけではないが約2時間のうち半分はトイレ掃除のシーンだ。 トイレ掃除の話だが、汚物は映らない。きわめて清潔なトイレだ。その清潔さを維持しているのが、平山さんのような清掃員なのだ。だからといって、トイレ清掃の人に感謝しましょうというメッセージ映画でもない。 すべてのシーンに役所が出ていて、彼の目と耳に入ること以外は、映らない。俳優だから役になりきるのは当たり前なのだが、この映画での役所は、本当に普段はトイレ清掃をしていて、たまに俳優の仕事をしているのではないかと思えるほど、「平山さん」そのものだ。 平山の生活は規則正しい。朝まだ薄暗い時間に起きる。歯を磨いてヒゲの手入れをして、顔を洗うところから始まり、スカイツリーの見える所にある自宅から自動車で渋谷へ向かい、公共トイレの掃除をしていく。昼食はどこかで買ったサンドイッチを神社の境内で食べ、仕事が終わると銭湯へ行き、浅草駅の地下街の飲み屋で夕食をとり、家に帰ると文庫本を読んで寝る。ほとんど会話のない生活だ。休日も規則正しい。ランドリー、古本屋、写真店とまわり、夜は石川さゆりが演じるママがいる飲み屋へ行く。 これが映画の中で繰り返される。「平山」という架空の人物を、ドキュメンタリーとして描く趣向。 この映画では、何も起きないことが、パーフェクトな一日なのだ。その「完全な日」にも、ときに亀裂がはいる。しかし、それで何か物語が動き出すのかと思うと、すぐに亀裂は修復され、日常に戻る。 平山はひとり暮らしをしている。過去に結婚していたのかどうかは分からない。なぜトイレ清掃員を仕事に選んだのかも分からない。なにしろ、この人は「無口」という設定で、自分を語ろうとしない。回想シーンもない。ないものづくしである。しかし、平山は存在している。過去もあるし、考えていることもある。それを強く感じせる。主人公に関する情報を、どこまで削ぎ落とすことができるかを試しているかのような映画だ。 見どころのひとつは、渋谷区が高名な建築家や照明デザイナーなど16人に依頼して設計させた公共トイレ。どれも個性的で「絵」になっている。 聞きどころは、飲み屋のママの石川さゆりの歌。店のなかで歌うのだ。当たり前だが、うまい。

23/11/22(水)

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