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小さくとも内容の豊かな展覧会を紹介

白坂 由里

アートライター

上野アーティストプロジェクト2023「いのちをうつす ―菌類、植物、動物、人間」

人間以外の特定の生きものの姿を、数十年描き写してきた作家たち。美術大学卒業後、北海道に移住し酪農をしながら牛を描き続けている冨田美穂は、ほぼ牛の等身大、それも労力の要る木版画を展示。1頭1頭異なる身体を持つ存在感に圧倒される。また、絵本『ゴリラが胸をたたくわけ』でも知られる阿部知暁の絵画にも惹かれた。ゴリラが胸を叩くのは戦いの威嚇ではなく、争いを避けるためだという。 また洋画家・辻永は、少年期から植物を愛し、自身の楽しみのために2万点以上の植物画を描いた。展示のなかに、1937年に清水良雄邸、1943年に中村研一邸の植物を描いたという記述、また1940年9月27日「奉祝展陳列の日 上野美術館食堂前の銀杏」という記述もある。1937年は日中戦争の始まった年であり、画家たちが手を染めた戦争画と植物画との隙間について考えさせられた。 一方、同時開催の展示「動物園にて−東京都コレクションを中心に」も興味深い。明治初期、西欧に倣った博物的関心や殖産興業政策を背景に、国内各地に生息する動物を集め、博物館の一部として始まる「動物園」の歴史に触れている。なかでも戦後最初に来日し、2016年に国内最高齢の69歳で死んだ象のはな子の展示に目が留まる。没後、多くの人からはな子を撮った写真を集めた写真集が発刊された。筆者も井の頭公園駅を利用していた学生時代に見たことがあるが、象舎の奥から斜め前に向かって歩き、つま先をトンと着いては戻る動作を繰り返す姿が思い出される。観察という距離感で動植物そのものを見る視点と、人間との関係で見る視点の双方がある展覧会だ。

23/12/2(土)

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