瞳をとじて
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『瞳をとじて』には『ミツバチのささやき』のアナ・トレントが登場する。日本の観客は『ミツバチのささやき』の公開年が1985年なので38年ぶりのエリセ作品出演と勘違いしてしまうかもしれないが、この作品は実は1973年の作品なので、なんとまあ半世紀ぶりなのである。だが、ここでの監督と女優は昨日に続いてまた会いましたねという調子にしか見えないし、エリセが長篇を撮ったのも31年ぶりだという。これとて長年抱えてきた入魂の企画を漸くに実現、といったふりかぶった感じではなく、ごく平熱の軽やかな構えである。31年の途中にはぽつりぽつりとひじょうに印象的な短篇も撮っているが、なんというか名匠エリセの時間感覚は泰然としていて長篇とは長らくごぶさただけれどもまあ短篇でもできることをせいいっぱい愉しんでいればいいやねという感じで、このたびの不意の長篇も意外やミステリーじみた(いやもう普通にミステリーと言っていい)内容であり、こちらの久々のエリセ長篇を観るという強ばりもいつの間にかすっかりほぐされていた。もしクレジットが伏せられていたらまさかエリセ作品とは思わないであろう面白さゆえ長尺もまるで苦にならず、だがしかし幕切れのその時には、問答無用のエリセ印を突き付けられる感じであった。人生も映画もミステリーのようではあるが、ミステリーというジャンルにはおさまらない何ものかであって、ごくわかりやすくシンプルな本作に興味津々で刮目し続けた後、はてわれわれはいったい何を見せられていたのかと深いため息をつくばかりである。