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文学、ジャズ…知的映画セレクション

高崎 俊夫

フリー編集者、映画評論家

瞳をとじて

ビクトル・エリセの31年ぶりの新作『瞳をとじて』は、まるで彼の映画的遺言とでも称すべき格別なまでの美しさを湛えている。その理由の一端はむろん半世紀ぶりにアナ・トレントが出演しているからである。40年前、フランス映画社配給でエリセの『ミツバチのささやき』(1973)と『エル・スール』(1983)が続けて公開された時の静かな衝撃は忘れようがない。とりわけ『ミツバチのささやき』の天才少女アナ・トレントが、村の巡回映画で『フランケンシュタイン』の怪物と少女が出会うシーンを見ながら声を上げそうになる瞬間の表情は、長い間、映画ファンの間でも至福の記憶として語り草になっているほどである。 「ビクトル・エリセDVD‐BOX」(紀伊國屋書店)に収録されている『精霊の足跡』(1998年)というドキュメンタリーの中で、『ミツバチのささやき』で、その瞬間のアナ・トレントの貌がクローズアップされ、エリセの次のような言葉が被さるシーンがある。 「おそらくあの表情をとらえたときが、監督として最も本質的で重要な瞬間でした。今でも心が震えます。私が撮った中で最高の瞬間です」 ビクトル・エリセは、いまだにあのエピファニーと呼ぶほかはないアナ・トレントの表情に魅惑され、さらにアナ・トレント自身も『ミツバチのささやき』の少女アナに深く呪縛されているのだ。ここでようやく『瞳をとじて』に、半世紀ぶりにアナ・トレントが出演した意味が了解されるのである。 映画監督ミゲル(マノロ・ソロ)がメガホンをとっていた『別れのまなざし』の撮影中に、主演俳優フリオ(ホセ・コロナド)が突然、失踪してしまう。映画はお蔵入りとなり、ミゲルも引退同然となり、漁村で隠者のような日々を送っている。22年が経過し、フリオの失踪事件をテーマにしたテレビ番組への出演依頼が舞い込む。取材協力を決めたミゲルは親友でもあったフリオの娘アナ(アナ・トレント)、元恋人マルタ、編集者のマックスらと再会し、海兵隊員時代からのフリオとの長く起伏に富んだ交友を回想する。ある日、海辺の高齢者施設にフリオらしき人物がいるとの報せが入り、ミゲルが訪ねるとそこには記憶を喪失したフリオがいた──。 ビクトル・エリセはこの映画では珍しく、シネフィルのようにさまざまな映画史的引用を誇示している。マックスは「カール・ドライヤーが亡くなって、映画にとっての『奇跡』はもはやない」と嘆くし、ミゲルも漁村の仲間と酒を飲み、ギターをつま弾きながら「ライフルと愛馬」を歌う。むろんハワード・ホークスの名作『リオ・ブラボー』(1959)でのディーン・マーティンの快唱が忘れられない名曲である。 そして50代後半に至ったアナ・トレントの貌を見ているだけでまったく飽くことがない。目尻の小皺さえがその美しさをいっそう際立たせるかのようだ。彼女が療養施設にいるフリオと目が合った瞬間に「ソイ、アナ(私はアナよ)」と呟く。この『ミツバチのささやき』のラストシーンが突然、接合してしまったかのような瞬間こそ映画の奇蹟と呼ぶべきであろう。

24/2/4(日)

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