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政治からアイドルまで…切り口が独創的

中川 右介

作家、編集者

オッペンハイマー

社会派問題作にして娯楽大作であるということは、ハリウッドでは矛盾しない。その底力に打ちのめされる。 原爆の実験が成功することは分かっている。それでも、そこにいたるまでのシーンは手に汗を握ってしまう。それくらい、映画として、よくできている。 広島、長崎への原爆投下シーンと、その被害の様子は映し出されないので、原爆の悲惨さを描くことから逃げているのではとの批判もあるが、これはなくてよかったと思う。原爆の悲惨さを描くことはこの映画のテーマではないのだ。 アメリカは「原爆を落とさないと日本は戦争をやめない」との判断で落とすわけだが、これについては複雑な思いだ。しかし、映画は、そういうアメリカ側の理屈を全面的に肯定しているわけでもない。 後半は、一種の法廷劇となる。オッペンハイマーは「原爆の父」としてアメリカの英雄となったのに、ソ連のスパイではないかと疑われるのだ。映画の重心は原爆開発の成功物語よりも、オッペンハイマーを赤狩りの被害者のひとりとして描くことのほうに置かれている。 映画では、あるパートをモノクロームにするのはよくあることで、たいがいは「現在」をカラー、「過去」あるいは「回想」をモノクロームにする。この映画はその逆で「現在」がモノクロームで、「過去」がカラーとして始まるのだが、やがてそう単純ではないと気づく。モノクロームになっているのは、どういうシーンなのか。これに注意して見て欲しい。そうすると、この映画の影の主役が誰か分かるだろう。 そういう映像的仕掛けをわかったうえで、もう一度見れば、より理解が深まる。 3時間の映画で原作となったノンフィクションは、文庫で全3巻、合計約1300ページという大長編だ。本にある情報を全て映像にしていたら、30時間あっても足りない。そのため映画のなかでは、登場人物や組織について、詳しく説明されないので、アメリカの共産党や赤狩りの知識がないと、分かりにくい部分がある。と言って、原作を読破するのは大変だから、最低限、映画の公式サイトを見て背景の知識を得て、できれば映画館ではプログラムを買って、上映前に読んでおきたい。そういう予習が間に合わない場合は、見た後で読んで復習するのでもいい。映画でオッペンハイマーとその時代を知ってしまったので、より深く知りたいと思わせる。

24/3/20(水)

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