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映画のうんちく、バックボーンにも着目

植草 信和

フリー編集者(元キネマ旬報編集長)

関心領域

前作『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』から10年、ジョナサン・グレイザー監督の待望の新作『関心領域』の公開が近づいた。この寡作で異能監督の新作がどんな作品なのか、情報源がキービジュアルだけなので正確には把握できなかったが、どうやら“アウシュビッツ映画”らしいと知ったのが本作とのファースト・コンタクト。原作とされているマーティン・エイミスの同名小説は未発売(5月下旬発売)ゆえ未読。だがその後、A24とのコラボ作と知り、期待感はますます高まった。 開巻から衝撃的だ。数分間(5分間くらいか)にわたって、延々と続く不気味な不協和音と黒味だけの映像。一転、画面は燦々と降り注ぐ陽光、抜けるような青空。豪奢な邸宅からは子どもたちの楽しげな遊び声が聞こえてくる。そして、窓から見える壁の向こうの大きな建物からは黒煙があがっている。時は1945年。大きな建物はアウシュビッツ強制収容所。豪邸では収容所長のドイツ人一家が快適に暮らしている。徐々に分かってくるのだが、黒煙は収容されていたユダヤ人を焼殺、毒殺した際に出たものらしい。そして銃声と微かなうめき声……。 タイトルの「The Zone of Interest(関心領域)」は、第2次世界大戦中、ナチス親衛隊がポーランドのアウシュビッツ強制収容所群を取り囲む40平方キロメートルの地域を表現するために使った言葉。そこで暮らす所長とその妻、使用人たちは、誰ひとりとして隣りで数百万人ものユダヤ人が虐殺されていることに関心を持たずに暮らしている。殺戮シーンを描かないことで、人間の“関心領域”に迫ろうとするグレイザー監督の発想が秀逸だ。この残忍な人間性に迫る映像表現は、観る者を打ちのめさずにはおかない。大量殺戮、この人類最大の犯罪に無関心な登場人物たちと我々観客とは何も違わないのではないか、と。 カンヌ国際映画祭コンペティション部門でグランプリ、アカデミー賞で国際長編映画賞を受賞したことも頷ける傑作。目を覆いたくなるロシア・ウクライナ戦争、イスラエルのガザ侵攻について、我々の“関心領域”は何キロメールなのか、と考えざるを得ない現代への警鐘の映画でもある。出演は『ヒトラー暗殺、13分の誤算』のクリスティアン・フリーデル、『落下の解剖学』のサンドラ・ヒュラーなど。

24/5/4(土)

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